森に生きるものたち

 自分たちが急がなくてはいけないということをよく理解したフランは、ハーミットの指示に従って、一生懸命に動いた。


 この森には危険な生き物がたくさんいるので、ハーミットの手が届かないところまで離れないこと。

 ハーミットの指示通りの植物を見つけても、むやみに触らず、ハーミットを呼ぶこと。

 探しているのは「白い小さな花をたくさんつけているツル」と「薄い紫色の、花のつぼみのような木の実」と「真っ赤な石」の三種類と、妖精の泉。


 先の三つは、それっぽいものが見えたらハーミットを呼ぶよう言われた。


 妖精の泉については、普通に森を歩いていては出遭えないものだと言う。


 とりあえず、色とりどりの花がたくさん咲いている花畑のような場所が見えたら教えるように言われた。


 妖精の泉は、幻に守られているらしい。


「花畑……花畑……」


 フランは呟きながらきょろきょろと辺りを見回して歩いた。左手で、ハーミットの外套の裾を握る。これもハーミットの指示だ。


「ハーミット、花畑ぜんぜんないな」


「そうだな。あるのはもっと奥だ。今は他の三つを探すのに集中したほうがいいぞ」


 ハーミットが振り向きもせずに答える。

 すると、フランの視界のすみに、何か鮮やかな色合いのものが、ふわりとよぎった。

 首をひねってそちらを見ると、見たことも無い、鮮やかな色の蝶がふわふわと飛んでいた。

 黄色に黒と紫の模様。

 大きさは、フランが街や街道で見かける蝶より、少しだけ大きいくらい。


「ハーミット、きれいな蝶が飛んでる! あっちに花畑がないかな?」


 フランは言いながら、自分の考えが我ながら名案だと思い、蝶を追いかけようと駆け出した瞬間――


「待て!」


 ハーミットが強く叫んで、フランの肩を思い切り引いた。


「えっ、なっなんだよ?」


 フランはよろめいて、ハーミットの身体に背中からぶつかった。

 首を痛いほどひねって、上を見ると、ハーミットが怖い顔をして前方を睨みつけていた。


「おい……むう?」


 ハーミットの視線を追おうと首を動かすと、そこに待ち構えたように布を抱えたハーミットの手が待っていて、顔の鼻から下を覆われた。


「静かに。あの蝶のりんぷん……蝶の羽根から出ている、見えないくらい細かい粉があってな、それには毒がある」


 そう言いながら、ハーミットはそろりそろりと下がっていく。

 蝶がこちらに来ないように、刺激しないように、そうっとそうっと下がっていく。


「粉を吸ったら、全身がしびれて動かなくなる。治療が遅れると後遺症も残る恐れがある。とにかく危ない蝶だ。近寄るな」


 早口でささやくように言ったハーミットは、蝶が見えなくなるまで、目を離さなかった。

 蝶がふわふわと木々の向こうに見えなくなって、数十秒してから、ふっと緊張をとく。

 顔の半分を覆われたうえに、「吸うと危ない」と言われたので、息をひそめていたフランは、ハーミットの手が顔から離れるなり「ぷはーーーーっ」と大きく息を吐いて、大急ぎで息を吸った。


「く、くるしかった……」

「ああ、すまなかった。とにかく、森の奥に行けば行くほど、無害なものより有害な……危ない生き物ばかりになってくる。小さな虫であっても不用意に近付いてはいけない。わかったか?」

「あい……」


 フランは涙目で、素直に頷いてハーミットの顔を見上げた。


 見上げて、凍りついた。


「ん? どうした?」


 ハーミットがフランの硬直に気付いた。

 フランは、目を見開いて、口をぱくぱくしている。

 視線が合わない。少し後ろを見ている。


 何かまた出たのかと振り向いたハーミットの背後には――


「なっ……!」


 見上げるほどの巨大なカマキリが、ハーミットのはるか頭上にカマを振り上げていた。

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