休息の意味

「お、おい、すぐ森に行くんじゃねえのかよ」


 フランが馬車から降りるハーミットに声をかけた。


「先ほども言ったが、夜の森はあまりに危険だ。明日の朝、夜明けとともに向かう」


「まだ夜じゃねえじゃん!」


 フランがかたくなに馬車から降りようとしないので、御者がかけよって、フランに「わがままを言ってないで降りなさい」と言って、抱き上げようとしたが、フランは全力で抵抗した。

 ハーミットはそっと御者の肩に触れて静止した。


「まだ夜じゃねえよ! は、早くしないと、セーラの母ちゃん、た、大変なんだろ? セーラが、泣いちゃうじゃんか! 今だって、ぁあ、あいつ、学院長もいないのに、あの塔に一人で行ったんだぞ!」


 フランの声はひび割れて、ところどころ言葉に詰まりそうになっていた。


 ――本当に。幼いころの私を見ているようだ。


「今は確かにまだ夜ではない。ここから馬車ですぐに森に向かったとしても、まだ陽は沈んではいないだろう」


「なら……」


「だが、我々の目的は、森に行く・森に着くことではない」


「え……」


「森に着いたら、森の奥深くまで入り、さらには材料となる薬草たちを探して、採ってこなければならない」


「……」


「今の時間から森に向かっては、一番近くの採取場所に着いた時点で真っ暗闇だ」


 フランはハーミットの言っていることがよく解った。

 解ったけれど、焦る気持ちを抑えることもできなかった。


「でも! 急いでるんだろ? 急がなきゃいけないんだろ?」


「そうだ。だがな。今、この街でセーラのために薬を作れるのは、私だけだ。そして材料を採りに行けるのも、私とお前だけだ」


「だから、行かなきゃいけないんだろ?」


「そうだ。だから、私たちが行って、私たちが必ずやり遂げなくてはいけないんだ」


「だから……」


「疲れたり、危険な夜に無理して森に入り、私たちが命を落としたら、誰ももうセーラを助けてやれないんだぞ」


 フランは、ハッとして目を見開いた。


「私たちが、確実に、絶対に、セーラを助けてやらなきゃいけない。失敗はできない。だから、失敗しないために、ここで休んで、確実に成功する時間帯に行こうという、これは作戦だ。わかるか?」


「……わかった」


 フランはしゅんとして、了解すると、すとんと馬車から降りた。


「それと、セーラの母上ならば、ひとまずあの地下の図書室にさえたどり着ければ、ある程度は大丈夫だ」


「え?」


「あの、大精霊様の力におすがりしようじゃないか」


 いたずらっぽく笑って振り返ったハーミットの顔を見て、フランは小首をかしげた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る