森へ

 セーラが必死に自分の中の恐怖と戦っているとき、ハーミットとフランは、馬車でデュナミス大森林方面へ向かっていた。


 学院長の屋敷に戻り、ハーミットが事情を話すと、使用人たちはすぐさま馬車や旅装束、携帯食などの準備をしてくれた。

 フランは、てきぱきと動く大人たちにされるがまま、いつもの革鎧と制服に、頑丈なブーツを履かせてもらい、水筒と携帯食、疲労回復効果のある薬湯などが入ったリュックを背負い、小さな魔法のワンド、ナイフなどを腰のベルトにさげて、すっかりいっぱしの冒険者のような風貌になっていった。


 これは、セーラのために行くのであって、遊びではない。

 解っていても、わくわくしてしまう。

 ハーミットは馬車の車窓から外を眺めたり、リュックの中身を見たりして、目を輝かせているフランを、叱らずに見守っていたが、ふと初めて会った日のことを思い出した。


「フラン、お前は以前、一人で森まで行ったそうではないか。そのときはどうやって行ったのだ?」


「えっ? ああ……ええと、乗り合い馬車に乗って……」

「乗合馬車ではさほど近くまでは行けなかったろう」

「おう、だから歩いて行った」

「森の入り口には境界警備がいただろう。どうやって入った」


「う」


「ん?」


 フランは急に言い淀んだ。


「どうした」


 フランは目をきょろきょろと泳がせて、珍しく弱気な顔になり、ハーミットを上目遣いでおずおずおと見上げてきた。


「ぜったいに、セーラに言わないって約束するか?」


「?? ああ。解った。誓おう」


 戸惑いつつ約束したハーミットの顔を、真剣な目で見つめ返したフランは、ひとつため息をついてしょんぼりとした。


「警備のおじさんたちのとこに着いたら、もうへとへとで。動けなかったんだ。でも、セーラのためにユーファの花を採りたい、どうしてもって言ったら、警備のおじさんが、近くで見かけたからって採ってきてくれたんだ」


「ふむ、そうか。それは運のいいことだ。ユーファの花は森の入り口近くに咲くとは言え、そう簡単には見つからないと思うぞ。お前も、その警備のおじさんとやらも、きっと幸運の持ち主なのだろう」


 ハーミットは、なんとなく落ち込んでいる様子のフランを励まそうと、一生懸命言葉を探した。

 フランは、幸運の持ち主と言われて、一瞬目を輝かせたが、すぐにまたうつむいた。


「でもさ、結局そのおじさんが花を持って戻ってきてくれた頃には、俺、寝ちゃってたんだ。目が覚めたら、馬宿で。朝になってた」


「ふむ。お前の体はまだ子供だ。仕方あるまい」


「そ、それが、俺は、それがいやなんだよ」


 フランの目に涙がにじんだので、ハーミットは驚いた。よく解らないながらも、慰めていたつもりだったのに。


「セーラが、先生たちのこと怖くなったの、俺のせいなんだ。俺も悪いんだ。だから、俺、前みたいに、みんなと楽しそうにしてるセーラに戻って欲しいんだ。

 なのに、俺が子供だから、セーラが怖いものから、全然セーラのこと、守ってやれない。セーラが怖がってるってわかってても、なにもできないんだ」


「ふむ」


 ハーミットはそう言ってぽろぽろと泣くフランを見て、初対面で自分に襲い掛かってきたときのことを思い出した。ハーミットはふっと微笑んで、そっと目線をそらしてから、フランの頭に優しく片手を置いた。


「その気持ちがあるのならば、お前はいつか必ず、望む力を手に入れられる。あきらめなければ、きっと――」


 ――アル。


 心に響いた残響に、ハーミットはハッとした。


「きっと?」


「あ、ああ」


 ハーミットは窓の外を見たまま、フランの頭を優しくぽんぽんとたたいた。


「きっと、だいじょうぶだ」


 ――きっと、守ることができる。


 そう言いたかった。

 言いたかったのに、言えなかった。


 自分が、できたなかったことだから。



 不意に馬車が停まった。

 いつの間にか、馬車は馬宿に着いていた。


「着いたぞ、馬宿だ。夜の森はあまりに危険だ。ここで一泊して、明日の夜明けと共に森へ向かうぞ」


 ハーミットがそう言うとほぼ同時、御者が馬車のドアを開けた。

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