ひびわれていく繭

 もうすぐ昼休みだろうかと言う頃。


「そろそろ、フランが来るかな?」


 セーラがそう呟いた直後だった。

 サリエルが、こうもり羽根を震わせてすばやく飛び上がり、扉の前へと飛んでいった。


「ど、どうしたの? サリーちゃ……」


 セーラがサリーに近付こうとしたとき、頭上からどたどたと騒がしい音がした。


「な、なに?」


 知らない人が来る……セーラは反射的にそう思った。

 そして、思考が停止して、ぐるぐるとめまいがするのが解った。


「む。どうした、セーラ」


 ハーミットが異変に気付いて、本から顔を上げた。


 直後、扉の向こうから泣き叫ぶようなフランの声がした。


「お前らどうしてそうなんだよ! セーラが怖がるだろ! 俺がまず入って……」


「今は非常事態なのです。フラン、離れなさい。君には関係ない!」


「アイツのことは、俺には関係なくないんだよ!!」


 ハーミットは眉間にしわを寄せ「何事だ」と呟いて立ち上がった。

 そのハーミットの手が、セーラの肩に届く直前、扉は乱暴に開かれた。


「セー……っ」


 扉を開けたのは、中年の男だった。

 はちみつ色のローブを着た、口ひげを蓄えたその男は、大口をあけたまま、ここに初めて入ったときのハーミットのように、サリエルに睨まれて固まった。


学院長ネイサンの許可なしにこの部屋に入ったものは、どうなるか。知らぬ教員がいるとはな」


「っ……!」


 サリエルに睨まれた男を見たセーラは、目を見開いて、真っ青な顔でがくがくと震えていた。その顔から、どんどん表情が消えていく。

 セーラの顔を見たハーミットは、すばやくセーラの前に出て、セーラの視界をふさいだ。


「フラン、いるのだろう!」


「ハーミット! ヘビ! 大変だ!」


 フランは、動けない中年男の横をすり抜けて室内に駆け込んだ。


「セーラの母ちゃんが、何かあったみたいなんだ。それで、あの、セーラの学級の先生が、ここに報せに来るって言って……セーラが怖がるから、最初に俺が行くって言ったのに、聞かないんだ、あの先生」

「あの男が、セーラの教師というわけか?」

「ああ、けど」

「ふむ。それで、セーラの母親に、何かあったと」

「ああ、教えてくれないんだ」


 ハーミットは振り向いてセーラを見た。

 セーラは、真っ青な顔でハーミットを見上げた。

 先ほどまでの無表情が、フランの言葉を聞いて、恐怖と不安に震えだす。声も出ないまま、涙がぼろぼろと目からこぼれ始めた。

 呼吸が荒くなっていく。


 教師に対する恐怖と、母親に何があったのか知りたいという不安で、すっかり混乱してしまっている。


「フラン、いいか。あの教師から、私が話を聞いてくる。ドアの向こうでだ。だから、お前はここでセーラの手を握っていろ。手をつなぐんだ。解ったか」


「えっ、ええっ?」


 フランの顔が真っ赤になる。


「できないのか?」

「い、いや、できるよ! 任せろ!」


 フランは、慌てた様子で大声で答えた。

 ハーミットは若干の心配を抱えながら、フランを自分の後ろのセーラの元へ向かわせた。




「サリエル。術を解け」


「俺に命令するな。術を解いても、そいつは中に入れられないぞ」


「構わない。外で話す」


「ちっ」


 ハーミットに言われるがまま、サリエルが視線を教師からはずす。

 教師は、思いっきりふらついて咳き込んだ。


「急げ。話は私が外で聞く」

「あ、あなたは……学院長先生のお客様の……」

「早くしろと言っている!」

「はっはいぃ!」


 ハーミットが怒鳴りつけると、教師は慌ててハーミットに従った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る