急転直下

「セーラ!」


 ハーミットは、セーラの担任教師を連れて出ていって少ししてから、一人で戻ってきた。

 同時に、誰かが螺旋階段を上っていく足音が聞こえる。


 ハーミットに呼ばれて振りむいたセーラは、フランに左手を握られて、右手で涙をぬぐっていた。


「セーラ。あの怖い教師には帰ってもらった。もう、ここには来ない。ひとまずそれは安心しなさい」


 ハーミットがそう言ってセーラの前にしゃがみこむと、サリエルが扉の向こうを覗いてから「ほんとうだよ、セーラ」と言った。


 それを聞いたセーラは、自分の胸元に飛んできたサリエルを抱き締めて、ようやく一息をついた。

 けれど、フランの手は握ったままだった。


「では母上の話をする。セーラの母上は、具合が悪くなってしまったそうだ」


「ぐあい……びょうき?」


「ああ。働いているところはわかるね?」


「お洋服をつくる……工場……」


「そう。その工場で、今休んでいるそうだが、急に目が見えなくなってしまったらしい」


「目が……?」


 セーラは、ハーミットの言っていることがよくわからなかった。

 けれど、最近、ママは目が疲れてよく見えないって言っていた。すごくすごく疲れちゃったのかな。それは、治るのかな。

 よく解らないのに、怖くて怖くて、不安で、どうしたらいいか解らなくなっていく。

 何も考えられなくなっていく。


「そう。だから、今すぐ帰る仕度をして。私と一緒に工場へ行こう。いいね」

「ハーミットと?」

「そうだ。ネイサンがいない。父上も、近くにはいないのだろう?」


 セーラは、目を見開いて、こくんと頷いた。


「お父さん、行商人だから、この前、遠くの街に、いったばっかりだから」


 ハーミットはセーラの肩に手を置いた。


「よく答えられたな。ではひとまず私と行こう。ただ、私はこの街に詳しくない。フランにも、着いてきてもらおうと思うが、いいか?」


「ええっ?」


 ハーミットの言葉に驚いたのは、フランだった。


「構わないか? フランも」


「お、おう!」


 フランは、頬を赤らめて大きく頷いた。

 セーラは相変わらず真っ青な顔で頷いた。


「ではフラン。荷物の準備をしてこい。さっきの教師に事情は話しておいたから、大丈夫だ」


「わかった! セーラ、すぐ来るからな!」


 フランはそう言うと大急ぎで部屋を出て行った。あわただしく階段を上っていく足音が響く。


「セーラは今のうちに帰る仕度をしよう。そうじは今日はしなくていい」


「はい」


 セーラも、ふらふらとカバンを取り出した。

 すっと、ハーミットの耳元にサリエルが飛んできてささやく。


「どういうことだ。大丈夫なのか?」

「セーラがどうしてここにいるのかはネイサンから聞いた。それに、セーラの母親の症状については、気になることがある。私の悪い予感が当たってしまえば、街医者ではどうにもなるまい」

「なんだって……?」

「ただ、私の研究が役に立つかもしれない。もし、私の悪い予感が当たってしまった、そのときは、サリエル。お前にも手助けを頼みたい」

「……どういうことだよ?」

「とにかく、今は本人を診てみないことにはわからん。は、母親をここへ連れてくる。頼んだ」


「お、おい……」


 サリエルでさえ戸惑うほど、ハーミットは真剣な様子でてきぱきと指示を出していく。

 いつも周囲に興味を示さず、浮世離れした様子のハーミットが、ここまで真剣に、迅速に行動を起こしていく。それ自体が、その雰囲気が、サリエルに、幼いセーラやフランにも、大きな不安を植えつけていく。


 まもなくフランが戻ってきて、天窓をたたいた。

 セーラは、サリエルに青い顔で手を振って、ハーミットに抱えられるようにして図書室を出た。


 幸いにも、今は生徒たちは昼食の時間で、校庭に生徒は誰一人いなかった。


 それでも、ハーミットはセーラを外套で包み込むように隠し、フランはしっかりと手つないでくれていた。

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