第二章 「動け」
学院長の不在
それから数日。ハーミットは本を見たり、何かの薬を作ってみたりをして、セーラは相変わらずの自習の日々を過ごしていた。
明日は学院がお休みという日の朝。
セーラとハーミットが朝の挨拶を交わしていると、ついさっき出て行った学院長が戻ってきた。
「失礼。急で申し訳ありませんが、本家に行くことになりました」
本家。
セーラにはよくわからない単語だった。
ただ、学院の敷地から出なくてはいけないということだけは解った。
「呼び出されたのか。私のせいか」
「ええまあ、そんなところです」
ハーミットが厳しい声で聞いたが、学院長は肩をすくめて軽い口調で答えた。
「どういうことだ、ネイサン。こいつ、本家と関係があるのか」
サリエルがとげとげしく追求するが、学院長はニコニコ顔で「そうですねえ」とお茶を濁した。
「とにかく、二日くらいかかりますかねえ。申し訳ありませんが、セーラとハーミットのこと、頼めますか? サリエル」
「明日は学院も休みだしな。俺は構わないぞ」
「あさっては、セーラは学院をお休みしますか? セーラさえ構わなければ……」
「へっ?」
そうか。学院長がいなければ、校門からこの図書室塔に来ることができないし、塔の鍵を開けてくれる人もいない。
セーラがそのことに気付いて、休んだほうが迷惑がかからないだろうと考えていると、不意に思いもよらない声が響いた。
「私が代わりに付き添おう」
学院長とセーラと、サリエルが、一斉に声の主を見た。
声の主――ハーミットは、眉ひとつ動かさず、平然としていた。
「あの、入り口の門から一緒に来て、鍵を開ければよいのだろう? 簡単なことではないか」
セーラが、ハーミットの言葉を理解するより早く、学院長が大仰なしぐさでもろ手を挙げた。
「ほんとうですかっ? お願いできますかっ? すばらしい! 頼りになりますハーミット!」
「えっ? ええと……」
セーラが困っていると、ハーミットと学院長がそろってセーラの方を向いた。
「もちろん、セーラが嫌でなければ、だぞ」
「ええ、どうでしょう? セーラ」
セーラは、どきどきしながら、こくりと頷いて「はい、お願いします」と答えた。
二人はどこか安心したように微笑んだ。
学院長は「それではよろしくお願いしますよ」と、ハーミットとサリエルに念を押して出かけていった。
セーラは、いつもと違うことが起こるのは、何だかすごく久しぶりだと思った。
新しいことや、普段と違うことをするのが、ものすごく怖くなってしまったのは、最近のことだったはずだが、それでも、いろんなことに挑戦できたのは、ずうっとずっと昔のことのように思えた。
どうしてこうなってしまったんだろうと、考えれば考えるほど、本当かどうかわからない、不確かな理由しか浮かばない。きっとこれだ……という答えが見えても、どんどん自信がなくなっていく。
だから、付き添ってくれる人が、学院長からハーミットになるというだけのことなのに、ものすごく大きな変化に感じた。
けれど、そんなに怖くはなかった。
きっと、できる。きっとだいじょうぶ。
セーラは、ハーミットと校庭を歩く自分を想像して、きっと大丈夫だと言い聞かせた。
そんなことを考えながら、いつもの課題をこなしているときだった。
セーラの毎日を激変させる報せが、図書室に駆け込んできた。
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