かげり

 ハーミットは、セーラが昼食を食べ終わる頃になって、学院長と一緒に戻ってきた。

 学院長は机をひとつ抱えて、ハーミットの両手には、持ちきれないほどの道具が抱えられていた。

 薬研に蒸留器、乳鉢……。

 セーラには名前も使い方も解らない器具たちだったが、見ていると不思議にわくわくした。

 ここでハーミットは、いったい何をするのだろう。

 自分にも見せてくれるだろうか。

 どきどきしながら見ていると、最後にフランが、ガラス棒などの小さな道具が入ったかごを持って入ってきた。


「フラン!」

「よう」


「途中で会いましたので、フランにも手伝ってもらいました。助かりましたよ、フラン」


 学院長がそう言って、机をセーラの自習机の隣に置くと、ハーミットがその上に器具を並べだした。


「手間をかけたな」

「いいえ。ですが、突然学院内を歩き回られるのは、ご遠慮ください」

「む。すまない」


 学院長の言葉に、ハーミットが子供のように謝った。

 セーラは慌てて学院長のローブの裾を引いた。


「せ、先生。ハーミットが、その、お外に行ったのは、どうしてかと言うと、私が……」


 自分が外に出られなかったからだと言おうとしたところで、学院長が頭を撫でてにっこりと笑った。


「明日からは、フランに定期的にここに来てもらうことにしました。いいですよね、フラン?」


「おう!」


「へ?」


 フランは、にかっと笑ってセーラの方を見ていた。


「ですから、明日からはこのフランに、必要なものを書いたメモを持たせてください。いいですね?」


「解った」


「い、いいの? フラン」


「おうっ! 教室、つまんねえしな!」


 フランの笑顔は、セーラの心の中に、ほんわかしたものをくれた。セーラは嬉しいきもち、安心したきもちと、フランに申し訳ないきもちがないまぜになって、思わずサリエルをぎゅうっと抱き締めた。



「さて、では早速ハーブが欲しいのだが、この学院に余分に保存してあるものはあるか?」

「余分なものはありませんが、明日、私の自宅からでよければ必要なものをお持ちください」

「うむ。今すぐ試したかったが、仕方あるまい」


 ハーミットと学院長が、何か難しい話をしている間、セーラはそっとフランに駆け寄った。


「フラン、昨日の、ユーファのお花、お茶に入れてママにあげたらね、ママ、すごく目が楽になって、肩こりもよくなったって! ほんとうにありがとう」


「お、おう! どうってことないぜ!」


 その会話を聞いたハーミットは、こっそり学院長に耳打ちした。


「なんだ、セーラの母親は、どこか具合がわるいのか?」

「セーラが言うには、疲れ目がひどくて肩がこると言っていたそうです。一般家庭の母親というのは、そういう症状が日ごろからよくあるのですよ。病気ではないと思います」

「ふむ……」



 結局今日の実験をあきらめたハーミットは、前日と同じように机の上で本を読んで終わった。

 セーラが帰る時間になったとき、セーラの母親が迎えに来ていると聞いて、ハーミットは天窓を見上げて、セーラと共に母親が来るのを待った。

 天窓から覗いたセーラの母親は、ハーミットを見つけると、軽く会釈をした。



「さよなら、ハーミット。また明日。サリーちゃんも、バイバイ」


「ああ、また明日」

「気をつけて帰れよ~」


 サリエルと共にセーラを見送ったハーミットは、そっと扉から顔を出して階段の上を覗き込もうとしたが、やはりよく見えなかった。

 代わりに、嬉しそうなセーラの声と、優しげな母親の声が聞こえてきた。

 ハーミットは扉を閉じて、天窓の下で一人なにやら考え込んでいた。


「おい、無礼者。お前、どうしてセーラの母親を気にしている?」


 セーラの足音が遠ざかると、サリエルがハーミットの鼻先に飛んでいった。

 ハーミットは、難しい顔をしてたった一言「気のせいならいいが」と呟いた。


「おい、質問に答えろよ」


「セーラの母親が目が疲れると言っていたのは以前からよくあることなのか?」


 質問に質問で返されたサリエルは、顔を真緑にして憤慨したが、どうにか怒りを抑えて答えた。


「さあな。だけど、セーラが自分で疲れ目に効くハーブを調べだしたのは、この前がはじめてだ」


「ふむ……やはり逆光ではよく見えなかったが……ここまで歩いてこれたということは、大丈夫なのか……」


「なんだよ、俺の質問は無視かよ! もういい!」


 サリエルがふてくされていることにも気付かない様子で、ハーミットはずっと考え込んでいた。


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