地下の安息

 次の日も、ハーミットは図書室にいた。


 セーラは、朝、他の生徒たちが全員登校を終えたくらいの時間に、校門までやってくる。学院長は毎朝校門に立って、生徒たちに朝のあいさつをしているので、そのままセーラが来るまで待っていてくれる。

 そして、セーラが来ると、セーラを連れて図書室塔の鍵を開けてくれるのだ。


 そして、図書室塔の地下室に入ると、サリエルが飛んできてセーラを出迎えてくれる。


 さあ、今日も課題をがんばるぞ……と自習机の道具を広げたところで、ハーミットは地下室にやってきた。


「お前、まだ来るのか?」


 サリエルが不満そうに声をかけると、ハーミットも不満そうに「ふん」と言った。


「私は調べものが終わるまでここに通う。口うるさい蛇さえいなければ、泊り込んで調べたいくらいなのだ」


 二人がケンカするたび、セーラはどきどきしたが、セーラの不安げな瞳に気付くと、ハーミットはそっぽをむいたまま、ぎこちなくセーラの頭を撫でた。


 セーラが読んでいる本とは比べ物にならないような難しくて、厚くて、重そうな本を、ハーミットはたくさん集めて広げていた。

 何冊も読んで、ノートになにやら書き込んで、二人はお互いに言葉をほとんど発さずに、昼まで過ごした。


 そろそろ昼食の時間だ。

 他の生徒たちは食堂に行って昼食の提供を受けるが、セーラはここから出られないので、お弁当を持参している。

 ハーミットは昨日は昼食をとらずに、ひたすら本棚を物色していた。今日も食べないだろうかと思いながら、セーラがお弁当を広げると、突然ハーミットが立ち上がった。


「この学院に、薬師が薬を作るときに使うような道具はあるか?」


 ハーミットに問われて、セーラは少し考えた。

 セーラたち一年生はまだそういった器具を使った授業は行っていないが、入学したばかりの頃、学院内を見学したときに、上級生たちが薬を作る授業というのを受けていたことを思い出した。


「えっと、あると思います。どうしてかと言うと、お薬を作る授業も、進級したらあるって……」

「場所はわかるか?」

「ええと、たぶん……」


「案内を頼めるか?」


「え?」


 ハーミットの口から出た言葉に、セーラは思わず固まってしまった。


 案内。


 つまり、ここから出て、そこへ連れて行くということ?


「そ、それは――」


 ハーミットは、セーラの震える声で、ようやくまともにセーラの顔を見た。

 まん丸に見開いた瞳。血の気がどんどんひいて、顔色は真っ青になっている。

 小刻みに震える手と、唇。


 ハーミットは、ハッとして、慌ててセーラの手を握った。


 セーラはびくっとして、自分の手を覆う、ハーミットの大きな手を見た。


「悪かった。すまない。あることが解れば十分だ。ネイサンに案内させる。お前はゆっくりここで休んでいるといい」


「え?」


 顔を上げると、すぐ目の前で、泣きそうな顔でこちらを見つめている青い瞳と目が合った。

 セーラは、こくこくとうなずくことしかできなかった。


 ハーミットは、セーラの肩にそっと手を置いて、もう一度「悪かった」と謝罪して部屋を出て行った。


 サリエルが、セーラの頬に擦り寄ってきた。


「だいじょうぶだ、セーラ。ここにいればだいじょうぶだぞ」


「うん、うん、ありがとう、サリーちゃん……」


 セーラはようやく呼吸をすることを思い出して、言葉を発した。


 お弁当は、セーラの大好きなママの手作りジャムのサンドイッチだったが、お腹が苦しくて、すぐには食べ始められなかった。

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