星灯りの図書室

 今日の課題は、伝承について調べるというものだった。

 親や、教会のシスターたちから教わった物語。御伽噺おとぎばなし。それらは全て、神話につながり、神学につながっているという。

 自分の知っている御伽噺をひとつ選んで、同じ名前の神様や神様の使い、地名、アイテムが、神学の教科書の中にあるか調べてみるというものだ。


 セーラが選んだのは、お気に入りの御伽噺で、妖精の物語だった。

 妖精たちは昔、タブリス王国のあちこちに、当たり前のように存在していて、中でも、当時のラジェール公爵と妖精の王様はとても仲良しだったというお話だ。


 妖精は、今では文字通り御伽噺に出てくるだけの「キャラクター」で、実際には存在しないというのが一般的な見解となっている。

 今、セーラたち人間が暮らしているところに妖精がいなくなってしまった理由は、御伽噺のなかでは、ラジェール公爵を良く思わない者たちに、妖精たちが追い出されてしまったためと書かれている。

 妖精たちは、意地悪で強欲な人間たちに追い出され、自分たちの暮らす妖精の里に帰り、二度と人間と交流することがないように、里と人間たちが暮らす土地との境界に、強い幻術をかけてしまった。

 おかげで、人間も妖精も、それぞれの土地から出ることはできなくなり、交流は途絶えたという。

 しかし、ラジェール公爵と妖精の王様は、本当に深い友情で結ばれていたので、ラジェール領のデュナミス大森林に、こっそり、二人だけの秘密の場所を作って、ラジェール公爵が亡くなる直前まで、二人はときどき会っていたのだという。ただ、その秘密の場所は、お互いの顔を見て話すことはできるが、二人の間に見えない壁のようなものがあり、触れることはもちろん、お互いの場所を行き来することはできない、ただ会話するためだけの場所だったという。


 さて、この御伽噺を選んだはいいけれど、このお話に神様は出てこない。

 けれど、ラジェール公爵様やデュナミス大森林は、本当にあるものだ。

 他に、何かないだろうか。妖精の王様について、何か神学の本に書かれていないか調べていたが、セーラが見つけてきた神学の本は、あまりにも難しくてぜんぜん読めなかった。

 子供向けの本を、学院長先生が自習机の横の棚に集めてくれているので、セーラはその中を探してみようと、顔をあげた。


 視界の隅に銀色の髪がゆれているのが見えた。


 ふとそちらを見ると、ハーミットが何冊も本を抱えて、持ちにくそうにしたまま、他の本を物色していた。

 本を置いたらいいのに……と思って、セーラは、自分がこの部屋で唯一の机を使っているのだということに気付いた。


 もしかして、ハーミットはセーラの邪魔にならないように、気を遣ってくれているのかもしれない。


 セーラは席を立つと、部屋の奥の、ほうきなどを置いてあるところから、予備の椅子をひとつずりずりと引きずってきて、机の向こう、セーラの席の向かい側に置いた。


「あ、あの」


 勇気をだして声をかけると、こちらを振り向いたハーミットは、抱えている本が邪魔で顔も見えないほどになっていた。


「あの、ここ、よかったら……その、使いませんか?」


「ん? 待て、今、そっちを……む……うっ!」


 ハーミットはどうにかして視界を確保しようと苦戦していたが、ついにバランスを崩して、抱えていたたくさんの本が一斉に落ちてしまった。

 どさどさと派手な音とほこりをたてて大量の本が床に散らばり、ハーミットもよろけた。


 セーラは思わず駆け寄って、ハーミットの顔を覗き込んだ。


「ご、ごめんなさい、急に声をかけたから……」

「う、いや、お前のせいじゃない」


 ハーミットは泣きそうなセーラの顔を見て、少し慌てた様子で姿勢を正した。


「落としたもんは、拾えばいいんだよ」


 そこに、サリエルが飛んできてセーラに言った。


「う、うん!」


 セーラは、ハーミットと一緒に、一生懸命に本を机に運んだ。


「重いだろう。一冊でいい」

「あの、だいじょうぶ……です」

「大丈夫じゃない」


 二人でやるとあっという間で片付いたが、自習机の半分以上が、本で埋まってしまった。


「こんなことでは、お前の邪魔になるのではないか?」


 ハーミットが言うが、セーラはふるふると首をふった。


「大丈夫……です。それに、どうしてここかと言うと、あの、窓の下だから、明るいです」


「ふむ……確かに、ランプだけでは薄暗いな。私は構わないが、子供のお前には、あまりいい環境とは言えまい」


「へっ?」


 ハーミットはそう言うなり、外套をめくって、腰のベルトのホルダーから何かを取り出した。


「?」


 セーラには短い三本の棒に見えたが、ハーミットはそれを手際よく組み立てて、長い一本の棒にした。

 その棒本体は、素朴なマホガニーの杖に見えた。しかし表面には、白金色の美しい模様が描かれていて、セーラは思わず見とれてしまった。


 ハーミットが、その杖を顔の前でまっすぐに立てて構えた。

 まるで、聖騎士が女神の前で誓いを立てるかのような、優雅で美しい姿だった。


「グロウ」


 ハーミットが呟いた声は、ものすごくささやかで、セーラにはよく聞こえなかった。


 だが、セーラが聞こえなかったと思う間もなく、ハーミットの杖の先が、ボウっと音を立てて、ぼんやりと白く光った。


「ノーヴァ」


 もう一度ハーミットが呟くと、そのぼんやりとした光が、たくさんの小さな光に分かれて、キラキラと輝きながら、天井に上っていった。


「わあ……!」


 小さな光たちは、天井を満点の星空のように照らした。どんどん強くなる光は、ひとつひとつが、月明かりほどの明るさになると、そのまま止まった。


「ふむ。ここが暗いことにも、少しは意味がある。真昼のように照らすわけにはいかないが、このくらい明るくしても問題はあるまい」


「すごい……! すごいね、サリーちゃん!」


「べっつに。こんなの魔術の基本の基本じゃないかよ」


 感動しているセーラに、ぶっきらぼうサリエルが言うと、セーラは両手を合わせてうれしそうな声を上げた。


「魔術の基本ってことは、フランも、こんな素敵なことができるようになるの?」


「まあ、魔術学教室の連中はみんなできるようになるだろうけど」


「わあ~! 魔法ってすごいね!」


 アイツに関してはわからないな……というサリエルの声は、まったく耳に入らない様子でセーラははしゃいだ。


「ふむ。それではこれで心置きなく、お互いに調べものができるな」


 ハーミットが、満足そうにそう言って、ドサッとセーラの向かいの席に腰掛けた。

 セーラが引きずってきた、その椅子に。


 セーラは、なんだか嬉しくなって、自分も椅子に座って、課題を始めた。


 こんなに近くに、家族と学院長先生以外の大人がいても怖くないのは、久しぶりのことなのだが、セーラがそのことに気付いたのは、その日の夜になってからだった。

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