それぞれの調べもの

 フランと学院長は、連れ立って地下室を出て行った。

 学院長は、出がけに「サリエル、セーラと、ハーミットのこともよろしくお願いします」とサリエルに声をかけていった。

 サリエルは牙をむいて、シャー! と威嚇して返し、ハーミットもものすごく不満そうに学院長をにらんでいた。


 学院長とフランがいなくなって、セーラはどうしたらいいか解らなかった。

 同じ部屋に大人の人がいるときは、いつも、その大人の人の言うとおりにするものだ。けれど、ハーミットは、セーラに何も言わない。それどころか、ちらりとも見ない。


 どうしようかと困って、きょろきょろすると、さきほどフランがハーミットに向かってふりかざしたほうきが、床に落ちたままになっていることに気付いた。

 このほうきは、一日の終わりに、セーラがここの床をそうじするために置いてあるものだ。

 セーラは、ハーミットの脇をとことこと通り抜けて、ほうきを手に持った。


「セーラ、といったか。お前」


「!!」


 セーラがほうきを持ち上げたと同時、突然ハーミットが声をかけてきたので、セーラは驚いて跳ね上がった。


 ハーミットは、本を開いたまま、横目でセーラを見ていた。


「あの、フランという子供が叱られることがそんなに嫌なのか。自分が叱られるわけでもあるまいし。それとも、お前がここにくるよう、フランに命じたのか?」


「めいじ……?」


「授業を抜け出してここにこいと、命令したのか?」


 ハーミットの言葉に、セーラは驚いてぶんぶんと首を大きく左右に振った。


「ならばフランが先生に叱られるのは、お前の責任ではあるまい。フランが勝手にしたことだ。何をそんなに気に病むことがある」


「で、でも……魔法学教室の先生……怒ると……すごく大きな声で……」


「ふむ。怖いのか?」


「へっ?」


「その、フランの先生とやらは、そんなに怖いのか?」


 そう聞かれると、何故かセーラは目を見開いてかまたってしまった。

 サリエルがふわりと二人の間に飛んできて、ハーミットの顔面にすれすれのところで止まった。


「おい、お前、セーラになれなれしくするな。ロリコンなのか」

「なんだと貴様……!」

「静かにしろよ、ここはセーラの大切な学びの場所なんだ。がたがた騒ぐな」

「こ……この……なんと口の悪い精霊だ。貴様、本当に精霊か?」

「お前こそ、なんて無礼な人間だよ。この俺に、偽名を名乗るだなんて」


 セーラが気付いたときには、ハーミットとサリエルは口げんかをしていた。


「サ、サリーちゃん? どうしたの? 怒らないで……」


 セーラの弱々しい声を聞いたサリエルは「むう」と唸って、ハーミットにシャーッと威嚇してから、セーラの方へと飛んでいった。


「怒ってない。怒ってないぞ。大丈夫だ。さあ、あっちで勉強しような」

「え、でも、あの」

「アイツには構わなくていいんだって。先生とかじゃなくて、単にここに調べものしにきただけだよ。俺たちにはカンケーないんだ」

「えっと……」


 サリエルに何と言われても不安そうにこちらを見上げてくるセーラを見て、ハーミットは、ようやくセーラが自分のことを気にかけているのだと気づいた。


「私がいると、お前の学習に差し障りがあるか?」

「さし……?」

「ああ、もう! ベンキョーの邪魔かって聞いてるんだよ、アイツ」


 サリエルは子供のセーラに難しい言葉で話しかけるハーミットに少しイライラした。


「あ、いいえ、ええっと、邪魔じゃないです」


「ならば気にするな。私は私の調べものをする。お前は、私のことなど気にせず自分の勉強をする。それでいいな」


「は、はい……」


 セーラはまだどきどきしていたが、ハーミットが最後に少しだけ微笑んだので、怒っているわけではないと思い、ほっとした。

 そして、ほうきを片付けてから自習机に戻り、学院長先生からの課題について調べるべく、本を開いた。

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