迎撃と奇襲
にっこりと爽やかに微笑んで、眼前でふよふよ浮いている蛇を紹介する学院長に、銀髪の男は心底腹が立った。
しかし、そういうことは早く言えと怒鳴りたくても、眉ひとつ動かせない。それどころか、呼吸もうまくできず、どんどん息苦しくなってくる。
「サリエル。彼は、私の教え子です。身元は保証しますので、どうか術を解いてください」
「ふん」
学院長の言葉を聞いて、金の瞳の蛇――サリエルが、ふいっとそっぽをむいて室内へと戻っていった。
「ぷはあっ! はあ、はあ」
サリエルの視線が外れると、突然身体の緊張が解け、自由になる。
銀髪の男は反動でよろめき、肩で息をしながら、隣の学院長を憎悪を込めて睨み付けた。
「ネイサン……」
「まあまあ、貴方ほどの方なら、中に何か居ることくらい察しておいでだろうと思ったのです。まさか、お気づきなられなかったとは」
「……! もういい!」
「ふふ。まあ老いぼれの戯れです。お許しください。さあ、こちらが学院の書庫ですよ」
招かれた室内は、円を描く壁を天井まで埋め尽くす書架と、中央にある扉から放射状に置かれた本棚たちが、ずっしりと並んでいた。
この塔は、エントランスホールである一階を除いて全ての階が同じような造りの書庫になっているというが、地下室だけでも、膨大な量の蔵書だ。
特にこの地下室は、秘匿されるべき書物や、禁書など、ラジェール家が所有する貴重な書籍たちの一部が置かれている、特別な部屋だ。
「感謝するぞネイサン」
銀髪の男は興奮気味にそう言って、勢いよく一歩踏み出した。
「でやあああああっ!」
踏み出した先で、放射状に並んだ本棚の陰から、
「コラ、フラン」
――パンッ!
「うわっ!」
飛び出してきた影――フランは、振りかざしたほうきが銀髪の男に届く前に、見えない壁に弾かれて、どさりと尻餅をついた。
学院長が、銀の髪のすぐ横に、
「お客様にいきなり殴りかかってはいけませんよ」
「くそっ!」
フランは痛そうに尻をさすりながら、涙目で学院長をにらんだ。
「ネイサン。先客というのはこの子供か? お前の学院ではどういう教育をしているんだ。それともあれか? 奇襲の授業かなにかなのか?」
言葉ほどは怒っていない様子の銀髪の男は、さほど興味を示さず、手近な本棚から背表紙を確認し、本棚の物色を始めた。
「失礼いたしました。先客というのは彼のことではありませんよ。フラン、セーラはどうしたのですか?」
学院長は、フランに手をかして立たせながら聞くと、フランは顔を真っ赤にして口を尖らせた。
「俺が隠した。怖がってたんだよ。知らない奴が来るって、ヘビの奴が言うから。だから」
「ああ。だから、あなたはセーラが怖がっている知らない人を、追い返そうとしたのですね」
「そうだよ」
「やれやれ。セーラを護りたいという君の気持ちは評価しますが、こちらの方は私の大事なお客様でね。追い出そうとする前に、私に一言確認してくれたらいいではありませんか。いずれにしろ、なんでも暴力で解決しようとするのは、よくありませんよ」
「だって……」
「私から、セーラに彼を紹介しましょう。セーラをどこに隠したか教えてください」
「……つくえのした……」
学院長は、ふうと小さくため息をついて、天窓のしたの学習机に向かった。
学習机の下には、泣きそうな顔で、サリエルをテディベアかなにかのようにぎゅうっと抱きしめたセーラが、しゃがみこんでいた。
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