第五の鍵――辿り着いた場所

 これが最後、ラストチャンスそう心の中で思い浮かべ、扉の出口を目指す。青く輝く扉を抜けると鍵の石は光の粒となって空へと消えていく。


 目を開くと透き通った青空が見える限りに広がっている。まるで空の高みにいる、そんな錯覚さえ覚えるほどに。足元には草の生えた大地が広がっていて、それは私が縦に5人並んでも問題ない程度の島の形をして空に浮いていた。


「ピヨ、ここは?」


 一緒に居てくれていた青い小鳥に声をかける。あの子は何処にいるのだろう? 上を見上げて真ん中に生えた樹の枝を見つめる。そこに鳥はいない、葉のどこかに姿を隠したのだろうか? いや違う、あの子は、ピヨは――


「ピヨヨッ!」

「ピヨ、そこにいたんだ」


 鳴き声がして右側を振り向く、そこには青く美しいグラデーションを持つ小鳥が小さな羽根を羽ばたかせて、空に浮いている。その頭には小さな金色の王冠が被さっていた。王冠に四方に宝石が散りばめられていて、それは鍵から消えた石だと気づいた。


「ピヨ、ここまでありがとう。一緒に着いてきてくれて」


 ピヨは首を横に振るような仕草をした瞬間――


「気にしないでお礼を言われることじゃないから」


どこからともなく声が聞こえた。誰の声だろう、今まであった少女やドラゴン、天使とも違う声だ。多分、若い男性の声だと思う。


「あなたは誰なんですか?どこにいるんです?」


私がそう言ったあと、木の影に人の気配があることに気がついて振り向く。振り向いた先には王冠を持った王子様の様な格好をした人が立っていた。髪の色は薄い水色で元いた所の人ではないと実感する。

 背は私より2回りほど大きく、細過ぎず太過ぎずといった体格だ。透明度の高い淡い鋼玉のような水色の虹彩と菫青石のような濃い藍色の瞳孔で彩られた瞳は彼のキリッとした表情を強く印象付けている。


「私は、君の隣にいる小鳥と同じような存在だよ」

「ピヨォ!」


 彼の言葉にピヨも鳴き声で同意を示す。別れたものとはどういうことだろう? 疑問を表情に浮かべて彼を見つめる。


「君は幸せの青い鳥を知っているかい?」

「それって、確か幸せを探して回ったら最終的には自分の身近な所にあったという童話のことですか?」

「そう、その話だ」


 ということはピヨは――


「君の想像する通り、その青い鳥と同じ存在と言っていい」

「それじゃあ同じような存在のあなたは?」


 当然疑問に思うことを口にする。ピヨと関係があるという貴方はいったい何者なのか?


「僕は、僕はあげることだけが幸せ。そう言って全てを分け与えた」

「そして、最後には全てを失った」

「あなたも空想の存在ということ?」

「そう、僕もこの鳥と同じ空想の存在、役割に則って人を導く」


 彼は幸せだったのだろう。いや、今も幸せなのかもしれない、ピヨは幸せに楽しくしてくれる。青い小鳥の近くにいたのなら彼もまた幸せになれたのだろうから。

 彼の肌は誇らしげに金色の輝きを放っている。上に貼られていた黄金は既にないけれど、今の彼は物だけではない幸せを知っているのだろう。私も彼の様に色々な幸せの方法を知りたいそう思った。


「私も貴方のように幸せについて考えて、幸せを求めてさ迷っています」

「どうしたらいいのか分からなくて、どこを見ればいいのかも、何を信じていいのかも」


 私は彼に語り掛ける。自分も貴方と同じだとそう告げる。迷って、悩んで、ここに来たのだと。理由は他人にとっては些細なものであっても私にとっては重大な物なのだから。


「だからこの鍵を使って扉を潜り抜けた最後の場所で貴方みたいな人がいて良かった――」


 私の心の奔流はここに降りてから雪解け時期の川のように勢いを増している。彼との会話を成立させるためではなく吐き出すために喋っている、そんな感じだ。


「貴女もそうだったのですね……。私はここに来て新しい役割を得られて少しだけ分かった気がします」

「分かったことがあるんですか?」

「ええ」


 彼のその言葉に耳を傾ける。分かったことがある、気づいたことがあるそれは私と違う人のことであっても知りたい、聞きたいことだ。教えてくれるなら教えて欲しい。そう思って口を開く。


「もし、よろしければ分かったことを教えてもらえませんか? 私に聞かせられる部分だけで良いので」

「大丈夫ですよ、そのために私はここにいます」

「ピヨッ!」


 彼は私の厚かましい願いを笑顔で快諾してくれた。ピヨも心なしか嬉しいそうな鳴き声をしている。




 樹の横にアンティーク調の濃い茶色をした椅子と机が形作られる。鍵を使って扉の中へ旅をするようになって魔法のような不可思議で非現実的なことに驚くことはすっかり無くなっていた。彼はその椅子に腰かけると私に反対側の椅子に座るよう促した。


「私は物を沢山の人に分け与えました。それを間違っていたとは思いません」

「でも、ここに来て分かったことがあります」

「それは?」

「自分のことも考えること、また逆に相手のことも考えることです」

「自分のこと? 相手のこと?」


 彼の言葉を聞いて、疑問符が浮かぶ。自分や相手のことを考えるというのは普段の行いとどう違ってくるのだろうか?


「疑問に思うのは無理もないです。当たり前のことじゃないかと。でも、他人を優先する人は自分を見落としがちになります。逆に自分が大切な人にとって他人のことは軽く見がちです」

「私もそういった経験はあります。でもそういう風に動くにはどうしたら……」

「それは、僕から言うのも難しい――」


 やっぱり解決策なんて無いじゃないか。少しだけ裏切られた気持ちになる。でも彼の口はまだ止まったわけではないようだ。


「でも、何もない訳じゃない。昔ここに来た青年に言われたことがある」

「迷うことも、悩むことも、分からないことも怖いけど間違っていないんだと」

「えっ」


 その言葉を聞いた時、私の胸にあった引っかかりが溶けていく。その言葉は昔、祖父から聞いたことがある。本を読んでもらった時に、不幸な結末にどうしてと聞いた時に言ってくれた。ああ、答えは近くにちゃんとあったのだと気が付けた。


「ありがとうございます、王子さん」

「何かあったのかい?」

「私、今の言葉を聞いたことがありました。だから帰り道は決まりました」

「そうか、帰る所が見つかったなら良かった」


 鍵の輝きとともに扉が現れ、ゆっくりと開く。


「さようなら、また会ってお茶をしましょう」

「さようなら」


 別れの言葉を交わして扉の向こうへ進んでいく。向こうの景色は私が小さい頃に遊んだ時のままだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現実なんてなくなってしまえ、だから私は扉を開ける 豊羽縁 @toyoha_yukari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ