第四の鍵――私の気持ちと光の間

 空を落ちる、落下する。焔の世界を飛び出して私は大空へと放り出された。門から出て10分は経つがその間ずっと落ち続けている。もう自分が本当は落ちているのか浮いているのかもわからない。


「どうすれば良かったのかな……。願わなければ、思わなければよかったのかな」


 私の落下するスピードに必死についてくるピヨに投げかける。青い小鳥は責めも、慰めもせずに私の周りを飛んでいる。その距離間が今の私にはありがたかった。落ちていく私の目の前には大きく彼方まで広がる青い天蓋が広がっている。そして私の周りには薄い雲が幾重にも広がっている。

 ふと落ちていく速さが遅くなっていく。風で髪が逆立つほどの速さから少しずつ髪が降りていき、遂には髪が揺らぐ程度の速さになっていた。


「どうしたんだろう……」

「ピヨ?」


 疑問を口にして首を横に振り向ける。背を底に向けて落ちてゆく中で横を向くのは恐ろしく感じることではあるけれど……。




「えっ」


 私の目の前には信じられない光景が広がっていた。光る雲の城。そう形容するのが適切な建造物、いや霧の大地があった。落下が完全に止まり、私は包まれるように大地に支えられる。先程までの浮遊感は無く、ドライアイスから気化するように雲が湧き出ることを除けば、ここは大地と言って差し支えなかった。地面に寝そべることが鍵の世界に跳んでから多くなった気がする。ここには草も気もないけれどふわふわで寝心地がいい。とても安らかに落ち着ける。

 10分程横たわったのち私はようやく起き上がる。起き上がって目の前に広がる光景は幻想的で子供の時に夢見る景色にそっくりだった。大地はほぼ平坦で遥か彼方まで見渡せる。ここでは地平線は水平線とほぼ同じ存在だった。風は空の上だというのに穏やかで時折強くなる程度で地上と全く変わらないといっていいようだ。


「よっと」

「ピィヨ!」


 伸ばしていた足をたたむ様に立ち上がる。暫く固まっていたせいか関節や筋肉が僅かに軋む。足が完全に伸び、ほぼ垂直になると腕を広げるように背を伸ばす。


「うん!」


 伸ばし切った腕を元に戻しつつ、深く息を吸う。空気は汚い排気ガスの混じったものではなく、深い森の先の開けた草原のような爽やかさだ。空気が身体中に満ちて、力が出てくるような気持ちになる。

 歩いて周りを見てみよう、一息をついて落ち着いた私はそう思えるくらいには冷静さを取り戻していた。もちろん前の世界で冷静さを失った時のことを忘れた訳ではない。あれは忘れてはいけないものだと思っている。他の形で自分の糧にしなければならないと思っている。だから怖くても、恐ろしくても少しずつ、一歩ずつでも進んでいこう。


「ピヨヨ、ヨッ!」


 ピヨが羽で頭を撫でるように飛び回る。青く美しい羽は最初にであった時と比べると色の中に透明感や立体感を感じる色に変わってきた。最初は単色の青だったのが同じ青でも複雑なグラデーションを持った姿になっている。これも鍵と世界の影響なんだろうか?

 この子は私に沢山振り回されているのに嫌な顔一つ見せずに私の周りを飛び回ってくれている。どこへ行く宛てもない私が迷っても大丈夫なように守ってくれている。そんな錯覚すら覚えるほどに一緒に居てくれている。


「いつも、ありがとうピヨ」

「ピ!、ヨヨ!」


 青い小鳥は感謝の気持ちを伝えると真っすぐに返事を返す、その答えに私はより心が軽くなって足を進める。雲の生まれる白い大地を歩き、緩やかな丘を進む。30分程歩き、今まで歩いた中で一番高い所に辿り着いた時、目の前に変化が起こった。

 黄色い石の失われた鍵が光を放ったかと思うと目の前の丘から虹の門と橋が現れる。その橋に沿って首を上げた先には城が創り出されていた。


「わあ……」


 ここに来い。そういうことだろうか? その考えを補強するかのように門の扉は開いていく。


「行ってみよう!ピヨも来る?」


 一応ピヨにも着いてくるか声をかけて聞いてみる。


「ピヨッ!」


 青い鳥は私の声に対して鳴き声で賛成意見を示す。何も言わなくてもついては来ると思っていたけれどどんなに優しくても確認はしないと……。でないとピヨが私から離れていった時に勝手に絶望してしまう。そんなことはしたくない。そう思いながら、ピヨの方へ手を伸ばしながら歩き始める。


「さあ、行こう。あそこまで歩いてこ」

「まあ、ピヨは飛んでるんだけど」

「ピィ、ヨヨッ!」


 面白かったのか青い小鳥も上機嫌に鳴き声を出す。その姿に微笑みながら、門の下をくぐり抜ける。門にはこの先へ行くには一切の希望を捨てよなどとは書いていなかった。

 門をくぐり抜けて、橋を登っていく。橋は雲の大地と同じ素材で出来ているが所々、透かして空が見えるような装飾が入っており、雲と同じと言っても人が作ったものの特徴も有していた。アーチを半分ほど進んだ所でようやく城の扉が見えてくる。扉は木のような雰囲気を醸し出す雲でできた扉であり、奥からは日光のような明るい光が漏れていた。


「あと半分、もう少しだよピヨ」

「ピィヨッ!」


 ピヨに呼びかけながら、息の上がりかけた身体を前に進める。

 それから30分ほどかけて城の扉へとたどり着いた。誰か周りに居ないかと見渡した後、誰も居ないことを確信した私は扉を手で押す。扉はその大きさと質感からは理解できないような軽さで私が少し押しただけで後ろへと開いていく。

 扉が開き切るとそこには町中の平均的な体育館がすっぽり収まるくらいの大きさの広間が広がっていた。壁や天井は歴史の授業で見たフレスコ画を透明なステンドグラスにしたような美しい装飾が視界の中に突き刺さる。


「わぁ……」

「ピョオ……!」


 私もピヨもあまりの光景に声が漏れたあとは圧倒されたまま、立ち尽くしていた。威圧的な訳ではなく、只々壮大で言葉が出てこない。そうして立ち尽くしていると広間の奥の扉が開いき、どこからともなく声が聞こえてきた。こちらへ来るのですと。




 広間を抜けて、扉の奥へ行くとそこには1人の男性とも女性ともつかない髪の長い人が座っていた。肌は白く瑞々しい質感をしており、髪は絹に金糸を織り込んだようなブロンドをしている。この人がこの城の主なのだろうか?


「あの…」

「人がここまで来るのは久しぶりだな、ほれそこに掛けなさい」

「あっ、はい……」


 風貌に反して、かなりの経験を持った人のような喋り方をしていることに少し驚きつつも美しい人に促されて石で出来たような椅子に座る。そして、私はいつもしてきたことを口にする。


「あなたは、ここは、私は何なんでしょうか?」

「何か、何者か……。本当に君は彼の孫なのだな」

「えっ!?」

「その鍵束、君のお祖父さんから譲って貰わなかったかね?」

「えぇ、祖父の倉から見つけました」


 唐突に祖父が話に出てきて戸惑ってしまう。一体どういうことだろう。


「彼は昔、ここへ来たのだ。彼自身も今の君のように悩んでいてね、同じような質問をしていった」

「知らなかった……、おじいちゃんこれのこと知らないって言ってたから」

「その鍵は役目を終えると持ち主が忘れてしまうようになっている、だから彼は鍵のことを忘れた」

「私も鍵を忘れるのですか?」

「それは君が何を見つけ、どう答えるか次第だ。君が旅した世界は答え方次第では二度と来ることは出来ないが答えによってまた来ることが出来る」

「それって……、誤ったりできるってことですか?」

「そうだな、君の見つけた答えによっては」


いつの間にか部屋は光の粒に変わり始めていて、話していた人も姿が薄くなり光る羽が生えている。もしかして、あの人は天使なのだろうか?


「おっと……、時間になってしまったようだね。君の鍵で行ける所は次が最後だ、そこで君の答えが決まる」

「どういうことですか?」

「心配しなくていい、君が感じたままでいいのだから」


 そう言って天使は光の粒になり、お城と世界も光の門を作って消え始める。最後の鍵の青い石は強い光を放ち――

 私は跳んだ。

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