第三の鍵――私の姿と赤い龍
走る、走る。あの森の中から逃げるようにただ走る。どこまで逃げればいいのか見当がつかないまま、私は靴が脱げて裸足になってしまってもそのまま走っていた。息が上がり、体の節々が悲鳴を上げる。
ガクガクと震えるように地面に座り込んでしまった私の周りは気が付くと木々ではなく炎が包み込んでいた。炎は輪を作るように私の周りを取り囲んでメラメラと小さく踊っている。私がその輪に目を向けると突如として首にかけていた鍵が光を放った。赤い石の嵌まっている鍵だ。
「わっ!」
鍵は強い光を放つと、鍵束をすり抜けるようにして浮かび上がった。そして、炎の輪は高く吹き上がり、大きな門を火で作り出した。赤く光る扉はゆっくりと開いていき、そして――
「はっ!」
気が付くと私は燃え盛る炎と黒いゴツゴツとした大地に覆いつくされた大地に立っていた。匂いは炭の焼けるようなものと温泉の匂いが混ざったような匂いだ。余り心地よくはない。不思議なことに暑さはそこまで感じることが無い。熱くないことで困ってはいないし、異世界と言ってしまえばそれまでだが不思議と言えば不思議なものだ。
「忘れよう……」
そう口にして裸足のまま溶岩に覆われた黒い大地を歩き始める。やはり熱くはない、僅かに暖かい程度だ。黒い岩はごつごつとしていて、足を平らにつけることはできない。少しばかり歩いていくとこの異様な光景にも少しずつ慣れてきたのかここの地形に目が行くようになってきた。
見渡す限りの溶岩地帯ではあるが、山もあれば丘もあり川や谷、遠くには海すら見える。この高温の中では流石に生物はいないだろうと思ったその時、溶岩の川が盛り上がって、そこから輝く鱗を持った魚が飛び出した。薄い部分は明るく、中心の厚い部分に向かって暗くなるそんな鱗に覆われた魚、長さは私の片腕で同じくらいはあり、すこしずんぐりとした体格をしていた。魚は私の頭を飛び越えるくらい高く跳ね上がり、キラキラと赤く輝く黒い石を散らしながら溶岩の海に落ちていく。
「綺麗……」
「ピヨォ……」
私もピヨもあまりに不思議な光景に魅了される。ついさっきまでいた光景も不思議ではあったのだけど、ここまで非現実的ではなかった。でもここはまるで――
「まるで魔法の世界か?」
「えっ!」
「ピヨッ!」
振り返ると溶岩の大地の上に大きな翼を持ったトカゲがいる。大きな翼を広げたトカゲは赤い鱗を輝かせ、美しい宝石や黄金を身にまとい、鼻から煙を吐き出していた。その姿は龍、ドラゴン、ワイバーン、翼を持つ蛇。いろんな呼び方を持つ、幻影の生物にしてその頂点――
「いかにも、その羽を持つトカゲであるドラゴンだ」
「……」
龍いやドラゴンは牙の生えた口から言葉を発する。知恵があり人の言葉を話す、現実に対面するとこれほど奇妙なことはない。私の頭が回転を止め、思考が止まった。
「その知識がありながら驚くのか……」
「幻想の存在が突然出てきたりしたら驚きますよ」
ドラゴンの呆れるような声に対してそう返事を返す。頭は何とか働いてくれそうだ。頭が動き始めて私はここに飛んでから溜まっていた疑問をやっと口に出すことができた。
「いくつか、質問に答えていただけますか?」
「良かろう、私は暇だからな」
「ありがとうございます、まずここは何処なのでしょうか?」
許可をもらい私が質問をすると赤い彼は一度、目を閉じて考え込むような仕草をする。数秒間モクモクと煙を出して静かになり、目を再び開いた。
「ここが何処か……。それを説明するのが簡単なことではない」
「そうなんですか?」
「ああ、ここは訪れる人によって姿を変えていく、ゆえにこの世界はこんなものだと言い切ることはできぬのだ」
形が変わる世界、姿を変える世界。この言葉は迷いの森の世界でもそう感じた気がする。少しずつではあるけど分かってきた、もう少し理解してどうして私がここに来たのか、何を変えれば進むことができるのか……。それを知りたい、見つけたい。
「人によって違って見える、その違いを含んだ見え方でいいので教えてください」
「何故だ?何故そこまで、追い求める人の子よ」
「それは……」
話していいのだろうか、話したらまたおかしなことにならないだろうか。さっきのアリスが私の名前にそっくりだったみたいに……。
「私は……、私はここへ迷い込んできました。この前にいた場所も」
言葉の間に息をついてゆっくりとドラゴンに対して話す、彼はそれを促すように待っている。
「元居た場所でも自分がどこにいるのかわからなかった!自分が何で何のために生きているのかっ」
感情が昂る、迷ってからここまで苦しくなったことがあっただろうか、ここまで怒りを覚えたことがあっただろうか。心の中にこれだけ抱え込んでいたことに私自身気づいていなかった、自分が傷つくことに意義を感じられないことがこんなに苦しいなんて思っていなかった。
「だから、答えを見つけたい、苦しまなくて済むような答えを」
「ちっぽけなものだっていい……」
「ピョ」
何かを見つけたい。その言葉を飲み込んで、口を閉じる。小鳥は心配するように私を見つめる。ドラゴンは先程の姿勢のまま微動だにしない。そして1時間が過ぎたような沈黙の後、ゆっくりと口を開き――
「ここに人が迷い込んでくることから何かしらの理由はあると思ってはいたが、そなたは自分を探して迷い込んだのだな」
「はい」
「ここは人の望みで姿を変える。穏やかな死後の世界を望むなら溶岩の海は美しい大海に、黒い平原と山は緑豊かな大地へと姿を変わるだろう」
「それは知っています。ならどうすればいいんですか」
「確かにここは来訪者の望みで姿を変える。だがここに住む者たちは来た者によって役割が変わりながらも姿を変えたりはしない。だから安心するといい、どんなに迷って見えなくなってもここには変わらぬものがある」
ドラゴンは私が薄々気がついていたことを明らかにする。この世界は私の望み、想像、恐れと言った気持ちに左右されると言うこと、ここに住んでいる人や動物も姿は変わらないけど、役割を変えるということ。ということは名前が私に似ていたのは私がそうあって欲しいと望んでいたからということなのかもしれない。
想像していたことが事実と伝えられるとその衝撃は大きい、いや落胆かもしれない。勝手に期待して、怖がって、落胆する。現実から跳んで体感で2日程度経ったくらいでは何も変わらない。そういうことかもしれない。
「この世界が変わったとしても、それはお前のせいではない」
「でもっ、私の感情でここは変わる!」
私のせいではないと言われても、気まぐれな神のように世界を変えれるなら自分は悪くないなんて言えない、言っちゃいけない。今も赤い川は水量を増して、蛇のように左右に振れている。山の先は黄色に輝き、今にも光る石を空に送り出す。小鳥は私の周りを飛ぶだけだ。
「ここでは風景は変わるものだ、流れるものだ。それによって誰かが犠牲になることはない」
「嘘つかなくていいです、さっきより酷くなってる」
「鍵の世界は皆このような世界だ、ここは答えを見つける場所だ。だからこうなるのも悪いことではないのだっ」
私と彼の言い争いに呼応するようにドラゴンの鱗は先程とは比べ物にならないほどに赤く輝き、私の鍵束も熱を持って光り始める。一度暗い気持ちに包まれたら、もう駄目だ……。心の蓋が怒りの、絶望のマグマを抑えきれずに――
「こんな所!来なきゃよかった」
その言葉と共に世界は火に包まれる。全ての山は火を噴き、赤い川は溶岩を増して海となる。影など生まれない明るさの中で黄色い石を持つ鍵は新たな門を創り、彼女と鳥を消し去った。
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