万事解決! ウマシカ企画社 ~5件目・鉄壁の農園と市恵婆さんのワナ~

みすたぁ・ゆー

5件目・鉄壁の農園と市恵婆さんのワナ

 

 私――蝶野ちょうの猪梨いのりは大学生となったことをきっかけにバイトを始めた。


 勤務先は学校の最寄り駅の駅前にあるウマシカ企画社。どういう会社かというと、簡単に言えば便利屋みたいなものだ。父親の知り合いがその会社の社長をしていて、コネで採用してもらった。


 ……社長と言っても、社員はほかに誰もいないんだけどね。


 仕事の内容は社長の補佐。主に電話番とか依頼された仕事のお手伝いをしている。やっぱりひとりだけで会社を回すのには限界があるもんね。それで人手を探していたところに私がバイト先を探しているという話が持ち上がって、お互いの利害が一致したというわけだ。





「――ここがいちご狩りの農園? 刑務所の間違いじゃないの?」


 私だけでなく、参加者のほとんどが違和感を覚えているようだった。


 でもそう思うのも当然だ。敷地を隙間なく囲う、高さ数メートルの有刺鉄線の柵。そこには高圧電流が流れているらしく、触れたら感電死するとの注意書きもある。


 また、出入口のゲートには筋骨隆々の西洋系外国人っぽい警備員が何人も配置され、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。




 今日、私たちは関東某所にあるいちご農園の前に来ていた。便利屋の業界団体が主催するいちご狩りツアーがあり、福利厚生の一環としてうちの会社もそれに参加することになったのだ。


 参加費はひとり五百円と格安。しかも時間無制限で一流ブランドのいちごが食べ放題っていうんだから参加しない手はない。


 なお、うちの会社からは私と社長の馬坂うまさか鹿汚しかお、社長が家庭教師をしている犬山田いぬやまだ尻尾しほちゃんの三人が参加する。


 社長はアイドルの補欠くらいのルックスで、雰囲気にも清潔感があってさわやか。ただ、性格や洋服のセンスが残念なのが玉に瑕。今日は白のタンクトップに茶色の短パン、下駄という姿で来ている。


 尻尾ちゃんは小学六年生。ショートの黒髪にキリッとした瞳が特徴で、社長のお嫁さんになるのが夢なんだとか。生意気なところもあるけど、自分磨きの努力を続ける健気さがある。


「お待たせしたねぇ、お客さんがた……」


 やがて不敵な笑みを浮かべたお婆さんが百人乗っても大丈夫そうなプレハブ小屋から現れた。そしてしっかりとした足取りで歩み寄ってくる。


 身につけているのは真っ赤なモンペに真っ赤なシャツ。髪には紫色のパーマがかかっていて、顔は梅干しみたいな感じ。年齢は八十歳くらいだろうか。


「私が園主の位置後いちご市恵いちえだ。苺のビニールハウスはここから三キロメートル先、荒野を抜けた丘の向こうにある。丘の上からも少し歩くけどね。では、どうぞこちらへ」


 私たち参加者は市恵婆さんの案内で出入口のゲートを通り、敷地内へと足を踏み入れた。


 そして十数メートルほど歩いたところで市恵婆さんは不意に足を止め、こちらを振り向いてニタリと微笑む。


「ここからは自由行動だよ。――なお、うちのルールを説明しておくが、敷地内で起きた事故に関して農園は一切の責任を負わない。それと苺を食べずにお帰りの場合、出入口で出園料をお支払いいただく。ひとり五万円だ」


「……苺が不味いんですかね? あるいは腐ってるとか?」


 すかさず耳打ちをしてくる尻尾ちゃん。すると地獄耳なのか、市恵婆さんはクククと喉の奥で笑ってこちらに視線を向けてくる。


「うちの苺は市場で一粒ン万円で取引されるほどの高級品。味と品質は保証するよ。さ、私も忙しいんだからさっさと出発しな」


 市恵婆さんに促され、参加者たちはそれぞれ丘に向かって歩き始めた。その様子を少し眺めてから、私は社長と尻尾ちゃんに声をかける。


「私たちも行きましょうか。社長、道具を持って下さいね? 私、スムージーを作ろうと思ってミキサーや発電機、材料一式を持ってきたんです。道具を使って食べちゃいないなんてルールはないですもんねっ」


「任せて、いのりん♪ そんなこともあろうかと思ってリヤカーを持ってきたから」


「さすが社長! 気が利きますね~☆」


「あ、鹿汚さん。私もジャムを作ろうと思ってカセットコンロや鍋を持ってきたんです。一緒にリヤカーに載せてもいいですか?」


「もちろんだよ!」


「歩くの大変だから、ついでに私と尻尾ちゃんもリヤカーに乗っていいですか?」


「喜んで!」


 こうして私と尻尾ちゃんは社長の引っ張るリヤカーに乗り、丘へ向かって進み出した。


 ちなみに社長は息も切らさずリヤカーを引っ張って歩いている。数百メートルを過ぎてもまだまだ余裕って感じ。よく考えてみると便利屋は体力仕事も多いから、この程度の肉体労働は朝飯前なのかも。





 その後、私たちは丘の上にまで到達。ここからさらに数キロメートルほど先の眼下にビニールハウスが見える。目の前に続くのは相変わらずの赤茶けた荒野。


 ただ、今までと違うのは、ここには行く手を阻む者たちがいるということ――。


「猪梨さん! あそこでほかの参加者を襲っているの、狼の群れですよ!」


「あっちにいるのはヒグマだね。アフリカゾウにカバ、ライオン、チーター、トラ、ホッキョクグマ、ホオジロザメもいる。動物園に来たみたいで楽しいね、いのりんっ♪」


 あちこちから響いてくる参加者たちの悲鳴と獣たちのうなり声。よく見ると回りの岩や石には血しぶきの跡や人骨らしきものがある。


 なるほど、これなら諦めて引き返し、出園料を払ってでも帰る人がいるわけだ。


「いのりん、どうする?」


「私は釘バットで応戦します。尻尾ちゃんには予備の武器として持ってきた自動小銃のAK-47を渡すから、遠距離攻撃をお願いね」


「了解です、猪梨さん」


「社長には三つ葉葵の紋の印籠をお貸しします。これをかざして敵の動きを封じてください」


「任せておいてよっ!」


 それぞれ武器を装備した私たちはゆっくりと進んでいった。少しでもこちらに近寄ろうとする相手に対しては尻尾ちゃんが無差別に鉛玉をぶっ放し、仕留め損ねたヤツや弾幕を突破したヤツは私が釘バットでトドメを刺していく。


 ――あちこちに転がる骸。そしていつしか私たちの行く手を遮る者はいなくなる。




 その後、残り約二キロメートルまで迫った時、私はビニールハウスの回りが強化ガラスか何かの透明な壁で取り囲まれていることに気が付く。


 程なくその設置理由にピンときた私は即座に社長の髪を引っ張り、足を止めさせる。


「痛ッ! 何をするの、いのりん?」


「この先、地雷原になってるかもです」


「ホントなのっ、いのりん!?」


「ど、どうするんですかっ、猪梨さん!」


「対物ライフルのバレットM82を持ってきているから、それを使って地雷を爆破させて安全な通り道を確保しましょう」


「待ってよ、いのりん! それだと地面が凸凹になって、リヤカーを引っ張るのが大変になっちゃうよ!」


「社長を先頭にして地雷原を歩いてもらってもいいんですよ?」


「そ、それは遠慮したいなぁ……」


 社長は素直に引き下がった。それを見るや否や私は荷物の中からパーツを取り出してバレットM82をすばやく組み立てる。そして地面にうつ伏せになって銃を構え、狙いを定めて次々に発射!


 すると弾がいくつもの地雷に命中し、その度に爆音と閃光が空間を振るわせる。


 やがて前方の地面に着弾しても爆発しなくなり、安全が確保されたと判断した私たちは再び進み始めた。こうしてようやくビニールハウスに到着する。





「私の負けだよ。好きなだけ苺を食べていきな」


 安全な秘密の近道でも通ってきたのか、先回りしていた市恵婆さんは肩を落として敗北宣言をした。各所で過剰な妨害工作を仕掛けていた割に素直すぎるのが気になるけど……。


 そうした違和感を覚えつつも、私たちはビニールハウスに入る。


「こっ、これは!?」


 中は甘い香りが漂い、成っている苺の全てが大きくてツヤがあって瑞々しい。


 そのひとつを手にとって口へと運ぶと、目が覚めるような甘さとジューシー感、そして程よい酸味が全身を駆け抜ける。


 一粒ン万円というのも納得できる美味さ! 何個でも食べられちゃう!


 それは尻尾ちゃんも同じだったようで、すっかり味の虜となった私たちは手当たり次第に食べていった。社長だけは香りを楽しんだりじっくり味わったり、市恵婆さんと苺談義をしたりして、あまり食べていないみたいだったけど。


 その後、私たちは一時間ほど苺を食べ続けた。そしてそろそろ満腹かなぁとひと息ついた時のこと、ふと尻尾ちゃんを見てみると彼女が真っ青な顔をしてうずくまっていることに気付く。


「どうしたの、尻尾ちゃんッ!?」


「お、お腹が痛くて……。それに……その……おしっこも……」


 そう言われてみると、私も少しお腹がゴロゴロ鳴ってきたような。尿意もある。もちろん、まだガマンできる範囲だけど時間の問題かも。


 するとそんな私たちのところへ社長と市恵婆さんが歩み寄ってくる。


「どうしたの、いのりん?」


「社長、お腹が痛いって尻尾ちゃんが! その……私も少し……」


「苺を食べ過ぎれば下痢になるのは人間の自然な生体反応ルールだよ。いのりんは知らなかったの?」


 淡々と言い放つ社長。その平然とした態度が殴ってやりたいくらいに腹が立つけど、力を入れたらその衝撃で大惨事になりかねない。仕方なく深呼吸をして心を落ち着ける。


 するとそんな私たちの様子を見ていた市恵婆さんがニタリと怪しく微笑む。


「ビニールハウスの横にあるトイレは有料だからね? ドアの貼り紙に書いてあるように、使用料は一回十万円。それがここの決まりルールさ。嫌なら外で直にやるしかないね」


 満面に笑みを浮かべ、勝ち誇ったようにこちらを見やる市恵婆さん。その瞬間、私は全てを悟ってハッとする。


 そうか、こういう事態になると分かっていたから、素直に食べ放題に応じたんだ! 


 違和感に気付いていながら何たる不覚ッ! 最後にこんなワナが仕掛けられていようとは!



 ――結局、私たちは観念してトイレを借りることにした。ただ、苺談義で市恵婆さんと意気投合していた社長のおかげで、使用料をひとり百円にしてもらえたのは幸いだった。



〈了〉

 

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