月と罰
コオロギ
月と罰
「G野さん」
「ああ、こんばんは、U子さん」
仕事帰りの夜道、G野さんに出会った。
G野さんは、会うたびに仕事やら人間関係やらの愚痴をこぼすわたしに、嫌な顔一つせず付き合ってくれるとても心の広い人だ。今日もまた、遅くまで大変だねと労いの言葉をかけてくれる。
わたしも何か返したいと思うのだけれど、掴みどころがないというか、うまくはぐらかされて、G野さん自身のことはあまり知らない。
ただ、今日のG野さんは、いつもより疲れているように見えた。
根掘り葉掘り聞くのは嫌がられそうで、何か明るい話題はないかと空を仰いだ。
「あ、G野さん、今日は満月ですよ」
きれいですね、と頭を傾けてG野さんを見ると、ひどく暗い表情でそれを見ていた。
そうだね、とぽつりと言葉を落とし、G野さんは黙ってしまった。
大音量の沈黙に、何かまずいことを言ってしまっただろうかと胸がざわめく。
「……何に見える?」
俯きかけていた頭をぱっと上げると、G野さんは未だ月を見つめていた。
「えっと、うさぎ、ですか?」
「穴なんだよ、あれは」
G野さんは何かを懐かしむように目を細めた。
「あの向こうに、僕は住んでいた。とても、とてもすてきなところだよ。だけど、…僕は罪を犯した。だから罰として、僕はあそこから蹴落とされた」
だからここにいる。
諦め切った声で、G野さんは言った。
「……帰れないんですか?」
「届かないからね。出入口はあそこしかないんだ」
G野さんは茶化すように両腕を空へ伸ばした。はは、と声に出した笑いが、枯れ葉を粉々に踏みしだくように響く。
「……ここは、そんなに嫌ですか?」
「最悪だね」
そのひどく平坦な声が、どぼん、とわたしの胸に落ちた。
足の止まってしまったわたしを置いて、G野さんの背中は遠ざかっていく。
わたしはそろそろと月を見上げた。
まん丸の、真っ白な穴。
その向こうに、いったいどんな美しい世界があるというのだろう。
ここは、罰。
「……こんなに、きれいなのになあ」
泣きそうになるのをぐっとこらえ、G野さんの隣へと走った。
月と罰 コオロギ @softinsect
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