Dämmerung

深山木

Zukunf

陽が西に傾き、濃紺と緋が混じる。

戦いから束の間の安息日。


怨念や裏切りなどと黒いものが渦巻く戦地から、やっと家族と会えるというのに妙に胸がざわめく。俺は、胸元に下げられた翠の宝を知らず知らずの内に握りしめていた。


なんて変なことを考えたからなのか、見知らぬ通りに出てしまった。


見渡すと後ろには大きな塔が見える。この分ならまっすぐ行けば大通りに出られると検討を付け、足早に家路を急ぐ。

辺りに人影もなくなっていた。夜の足音はそこまで近づいている。


パッと開けた眼前に広がるのは、屋根もなければ、天に届きそうなほどに高く聳え立つ大きな箱。

これが世に聞くバベルの塔か。

我々人間の作った物とは思えない非現実さに、ついにおかしくなったのかと自嘲がこぼれた。


ふと視線を感じ、そちらを見やると妙な衣を纏っている金糸の青年がいた。

胸元には俺のと同じ翠に輝く宝。

俺と同じ相貌。

髪も目も鼻も口も黒子の位置さえ同じ。

瓜二つの顔。

着ている物さえ違わなければ、鏡を前にしているようだ。


「なんだ、これ」


青年の唇も動くが、そこから発せられる音はなかった。


なぜだかはわからないが、戦に明け暮れ、細波立っていた心が、彼と対面してからは凪いでいた。


俺の胸元で輝く翠と彼の翠は呼応するかのように瞬く。


「お前は…」


続きを紡ごうとするとどこからか風が吹いた。


目を閉じたのは一瞬だった。

しかし、瞼を開くと背後の塔から時を告げる鐘の音が響くだけで、彼の姿もあの聳え立つ箱も消えていた。


彼は誰か。

なぜ同じ翠を下げていたのか。

全くわからず仕舞いだ。


ただ不思議と彼を思い浮かべると胸が暖かくなった。


魔の刻がみせた一時の夢か幻だったのだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Dämmerung 深山木 @fukayamagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る