夕食(KAC5:ルール)

モダン

家族団欒

 私が夕食の準備を終え、主人のご飯をよそっているところに息子が現れました。

「俺も一緒にいいかな」

 息子は、遅い時間に一人で食事をとるのが常です。

「え、どうしたの」

「いや、今日の昼間、親父と話してたんだけど、俺のせいで中途半端になっちゃったからさ。

 続きを聞こうと思って……」

 主人は困ったような笑顔で言いました。

「何か漠然とした悩みを抱えているようだったから、俺なりの考え方を伝えたんだ。

 過去にとらわれたままでいいけど、顔はいつも前に向けとけって。

 話はそれだけだから、続きなんかないよ」

「あれ、そもそもそんな話だったっけ……」

「不安そうだったからアドバイスしたんじゃないか。

 何も覚えてないのか?

 まあ、一人でビールがぶ飲みしてたもんな」

「いや、それほど飲んでないし……。

 あ、そうだ。

『親から見た俺はどうなんだろう』って聞いたんだよ」

 私は呆れて話を引き取りました。

「お父さんは、そんなことを質問するあなたのことを心配して、さっきのような返事をしたんでしょ。

 親からすれば、あなたの生き方なんかまったく理解できないわよ」

「え……」

 息子は出鼻をくじかれて意気消沈したようでした。

「ただ、夫婦で話をするときにはいつも、私たちの価値観を押し付けるのはよそうって言ってるのよ」

 30過ぎの男が、小動物のように上目遣いで気配を窺ってます。

「世の中のルールって常に変わっていくものでしょ。

 極端な話、飢饉の時代には子供や老人の命を犠牲にして口べらしをしたり、戦時中には敵兵を倒したものが称賛されたり。背景が変われば基準となる倫理観さえ危ういのよ。

 私たちとあなたの生きる時代は半分被ってるくらい近いけれども、それでも、人間関係のあり方や仕事に対する考え方なんかは確実に変わってる。

 そんな中、次々と生まれてくる新しいルールが正しいとか間違ってるとか、私たちにわかるわけないでしょ。

 世の中自体が試行錯誤しながら進んでるんだもの。それぞれが自己責任で道を決めていくしかないのよ。

 だから、親としてあなたの進む道に注文をつけることなんかできないわ。

 けれども、結果、何か問題が起きたとしたら、そこであなたを救うのか罰するのかはその時に判断すること。

 たとえ親であっても、全面的にあなたを守るとは限らないから」

 息子は忘れていた呼吸を思い出して、奇妙なため息をつくのでした。

「クールだねえ……」

「それだけ真剣に考えてるのよ」

 食事を始めていた主人も、そこで一旦箸を置きました。

「親のスタンスなんてそんなものだ。世代が違うんだから。

 俺達の若い頃は、携帯電話もインターネットもない状況で世界を回してたんだぞ。発想の仕方からしてギャップがあるに決まってんだろ。

 相談するなら、やはり同じルールになじみやすい同世代の方がいいだろう。

 お互い批評し合えるような親しい友達はいないのか」

「一人いるにはいる。それこそ、ネット回線でしょっちゅうテレビ電話してる奴だよ」

「仕事仲間?」

「いや、高校時代からの友達。時々家にも来てたんだけどな。どうせ覚えちゃいないでしょ」

「名前は覚えてないけど……。

 って言うか、お前にそんな友達がいたことさえピンとこないな」

 わっはっはと息子は笑いました。

「想定内だから気にしないでいいよ。

 そうだね。今度、その友達と今の話をしてみるわ。

 現行ルールから弾かれたとしても、俺達の考えや生き方が次の世代で認められる可能性はあるんだもんね」

「そうだ。

 常に変化する世間のルールには、苦しめられることもあれば助けられることもある。

 今の生き辛さなんて時間が解決してくれることばかりだから。しばらくの辛抱だよ」

「なぜか最近、そのセリフをよく耳にしたり口にしたりしてるんだよ。それだけ、今の俺が必要としてる言葉なのかな」

「どうだろう。

 わからないけど、そんなにこだわる必要はないんじゃないか。

 それより、せっかくなんだから一緒に飯食おう。これで、家のルールも変わるのかな……」

「いや、今日だけだよ。

 やっぱり、こんな時間から飯食うなんて無理だし。

 でも、時々はいいかもね。俺次第だけど……」

 息子はそう言って、笑ったのでした。

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