お坊さんと対話

容子

お坊さんと対話

写経教室に、ただお寺に行っただけだった。

なぜ31歳の女が写経にはまるのか。そんなことは別に構わないではありませんか。

写経とは心を無にし、静かなひと時を知ることです。無から有は生まれ、私たちも活かされているのです。


おわかりですか、秋子さん。


わかりません。和庄さま。


全く無になることもなく写経はやけに進む私。

こんなことなら、明日の午後から会議で要る資料、枚数分コピーまでしておくんだったわ。


ちぇっ。なんだよ、全く。


和庄さま。どうして会社の上司は頭がよろしくないのに、上司なのでしょう。

ハンケチを4日かえないとは、不潔極まりないのです。歯も磨いて来ないのでございます。


なのに。


なのに、奴は、二股、三股、いや六股までいったことを、やからどもと、悠々と話しているのでございます。

付いていく女の気は、正常でありましょうか。


だいたいにして、和庄さま。

人間とは、二本の足しかないのでございます。二股ならまだしも、それ以上とは、なんと人間の身体に背いた恐ろしい行為。

なんと、強欲な。


私はそう感じるのです。


美しい子、と書いて、美子(みこ)は私の会社での一番の親しき女です。書いて字のごとく、見た目も、中身も、なんとも美しいのでございます。


ただ。


ただ、美子は不倫をしております。私と出会う前からです。

私は美子とお茶会をするたび、美子の憂うつの気配を感じるのでございます。


美しい女の憂いをおびた横顔は、時が止まるほど美しいのを和庄さま、ご存知で。


そうですか。

ご存知でいらっしゃる..


まさか


まさか和庄さまも

人の道から外れた男女間の関係をもたれているのでは..


そうですか

いえ、そうですとも。

和庄さまたるものが、それこそ人間たるものだと私は思うのです。


だいたい、【不倫】という言葉は言葉が言葉あそびをしておって、不真面目でございます。


浮気、のほうがどれほど愛きょうがあることでしょう。


ところが、この軽い言葉。一番重いのです。浮気、だけならよいのです。


【浮気症】これは性分でございます。治らない病なのでございます。


和庄さま。

【浮気症】についての深い洞察を、私は次の講演会で待っております。


進む、進む、私の写経。私の心の声。ふと前を見ると、和庄さまが優しいお顔で私を見下ろしている。


「よく、ご集中なさっておられますな。」


「ええ。」私はにこりと和庄を見上げた。


誰にも気づかれない私の心の語り。それでも、すっきりとした。


奴の二股以上、美子の不倫、問題の浮気症について。


時間がきた。

書いた写経を納めて帰らなければ。


帰ればまた、秋子は仕事という写経をするのだ。


いつか、一番の問題の【浮気症】に答えが出るまで諦めずに。


ノーマルな恋愛は秋子には、暇でしかないのだった。

決まりきったことを順番にこなす、それはまるで、義務ではないかと、そう秋子は随分早くに気づいてしまった。


セックスのからくりにもあっという間に気がついていた。

いつの間にか、セックスを避けていた。


からくり人形にはなりきれないからである。

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お坊さんと対話 容子 @1404kiki

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