わたしの楽しいお昼ご飯。

美澄 そら

わたしの楽しいお昼ご飯。


「ねぇ、ホントに行かないの? フクロウカフェ」

「貯金したいからね」

 つい先日始めた五百円玉貯金はやっと底が見えなくなってきた。

 それでもまだ、飛行機代にも届かない。

「ランチ千円だよー? ドリンクとフクロウ付きだよー?」

 覗き込んできた同期のフクロウバカが、出勤時の段階からフクロウカフェを勧めてくるけれど、わたしは全力で首を横に振った。

「んもう、わかったよー。じゃあ先に行ってくるねー」

 家にリアルフクロウがいるにも関わらず、フクロウカフェにまで足を運ぶのだから、彼女のフクロウ好きには恐れ入る。

「いってらっしゃーい」

 彼女の背を見送りながら、そもそも貯金を始めたきっかけが彼女だったことを思い出す。

 彼女の両親はかなりの動物好きらしく、彼女自身も幼い頃から動物に囲まれて育ったと言っていた。そんな彼女が年末に、ネットに載っていたという画像を見せてくれた。

「これね、シマエナガっていうんだよ! めっちゃ可愛いよね!」

 白くて、ふくふくとしたまんまるの鳥が首を傾げている。

 目は点で、口は三角という記号で作られたかのような単純なお顔。

 まるで、子供にいたずらされた大福だ。

 ――な、なんて愛くるしいんだろう。

 わたしはその日から魅了されてしまい、すっかりシマエナガファンになってしまった。

「ねーねー、一緒に北海道行かない? わたしも見たいんだよねぇ……シマフクロウちゃん」

「へー……って、彼氏と行けばいいじゃない」

「まだ紹介してないんだよね、もりりんのこと。犬猫と違って、フクロウ飼ってるって引かないかなぁ」

 知らんがな。と彼女の惚気をかわしつつ――北海道に行ってみたい気持ちがわたしにも芽生えつつあった。

「いいよ、たまには女子旅でもする?」

「やったー!」

 そうして二人で旅行プランを立てていて気付いたことがある。

 ――あ、わたしお金足りないかも。

 雑に使ってきたつもりはないけれど、大学の奨学金やら生活費やら諸々の出費が結構痛い。

 さすがに銀行の預貯金全てを投げ打ってまでは旅行にいけないので、五百円貯金をはじめることにした。せめて飛行機代の六万円を……と、毎日ランチを削って、貯金箱に投入している。

 一応シマエナガの白い時期は冬だけらしいので、北海道に春が来てしまう前に赴かなければいけない。

 そういう訳で、今日も会社近くのコンビニへと足を運ぶ。

 おにぎりを二つ。最近はシャケと昆布をヘビロテ中だ。

 それから、カップのお味噌汁。今日は豆腐とワカメにしようかな。

 お茶は溜め買いストックしてあるティーバッグでいいか。

 もうここ数日で、店内に入ってから出て行くまでのルートが確立されていて、迷いなく商品を取ってカゴへ放り込んだ。そしてレジに並ぼうとすると、お昼の時間帯のせいもあって長蛇の列が出来ていた。

 店員さんが笑顔も忘れて必死に接客をしている。

 ――仕方ない、ちょっと待とうか。

 レジの列に並ばずに、適当に店内を物色することにする。

 雑誌コーナーで立ち読みするほど時間を潰すつもりはないので、新商品のチェックをすることにした。

 お弁当コーナーからドリンクの入った冷蔵ケース、スイーツコーナーへ来て、思わず足を止めた。

「こ、これは……!!」

 思わず漏れてしまった叫びに、周囲から白い目を浴びせられる。

 でもそんなこと知ったこっちゃない。

 わたしの目の前には、憧れのシマエナガ――のようなスイーツがいたのだから。



 こうなるのであれば、まだ雑誌を立ち読みさせてもらって、頃合を見てレジに行けばよかったと思う。

 わたしはすでに十分もこの愛らしいスイーツとにらめっこをしていた。

 買いたい気持ちは山々なのだけれど、税抜き三百円がわたしを現実に引き戻す。

 ――予算オーバーしてしまう!

 どうしよう。パニックになっているわたしの脳内に、二人のわたしが現れた。

「買っちゃおうぜー。どうせ自分で決めた自分ルールじゃねーか。破ったところで犯罪じゃねーんだしよー」

「だめよ! スイーツは食べれば無くなっちゃうものなのよ! 一時我慢すればいいことなのよ!」

「いいじゃんかー。一日くらいー」

「だめよ! 北海道のシマエナガちゃんたちは真っ白なままで待っててくれないのよ!」

「そう言ったって、このスイーツだって期間限定だぜー?」

 ――期間限定ですって!?

 金額の書いてあるラベルの少し上に、期間限定と書かれたシールが貼られている。

 思わず、ごくりとツバを飲んだ。

「だめよ! だめよー!」

 制止するわたしの声を押しのけて、わたしはスイーツを手に取った。

 そして、全てを受け入れたアルカイックスマイルで、シャケおにぎりとお味噌汁を棚に戻してレジに並んだ。

「全部で五百三十円です」

 千円札を一枚と、十円を三枚キャッシュトレイに置くと、店員さんから五百円のお釣りを受け取った。

 ――これで、ルールを守れた。



 訂正。ルールは守れた。



 おにぎりと、スイーツ一個では少食女子のお腹は満たせてもわたしのお腹は満たせなかった。

 なんと言っても、シマエナガそっくりの可愛らしいスイーツは、そのふわふわを生クリームで表現しているために、お腹に溜まる要素がまったく無かった。

 食べたはずなのに飢えている自分に切なくなって、机にうつ伏せていると、肩をトントンと叩かれた。

「お土産、買ってきたよ」

 顔を上げると、フクロウの絵が描かれた紙袋が目の前にあった。

「ここのサンドイッチ、めっちゃ美味しいから今度は一緒に行こうね!」

「……北海道に行ってからね」

 とりあえずフクロウバカのおかげで、わたしのお腹の平穏も無事に守られたのだった。



おわり




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わたしの楽しいお昼ご飯。 美澄 そら @sora_msm

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