道に迷った修学旅行バスがたどり着いた場所が戦慄の駐車場だった件

蔵樹 賢人

戦慄の駐車場

 目が覚めるともうすぐ七時になろうとしていた。確か、休憩は一時間と言っていたような。あれから二時間も経っている。


 外を見るとスーパーマーケットの大きな駐車場だった。暗闇の中でトイレに行った建物が朝陽に照らされていた。


「まだ出発していないんだ」


 俺はバスを降りた。何人かは駐車場に出てきていて、力が有り余っているのか鬼ごっこをしていた。駐車場には俺たちの修学旅行バスの他には何も停まっていなかった。


「海だ」


 昨夜、潮の匂いがしてたけど、こんなに近くに港があったんだな。スーパーマーケットのでっかい駐車場をぐるっと回るように道路があり、スーパーの裏はバスが降りてきた大きな山地、表側の道路の向こうは小さな入り江の港だった。漁船が二曹停まっていた。


 駐車場の周りの道路は、右と左につながって伸びていて、どっちも上り坂だった。右側は俺たちのバスが降りてきた道。左側は海沿いの小高い丘に続いていて、その先は見えなかった。


 駐車場の真ん中には五メートルほどの高さの、アナログ時計とスピーカーがついた電柱のような銀色の棒が立っていた。


 朝早いからか人影は全く見えない。いや、平日の朝だ。誰かいてもいいはず。もしかすると過疎の漁村なのかもしれない。


 バスの正面に運転手さん、バスガイドさん、担任の松島まつしま先生、副担任のミカちゃんが地図を広げてあーでもないこーでもないと話をしているのが聞こえてきた。


「先生、まだ出発しないんですか?」

直人なおとか。出発したいのはやまやまだが、どっちに行ったらいいか分からないんだよ。それどころか、ここがどこだかも分からないんだ」

「だって、そっちから降りてきたんでしょ?」


 俺は先生の横に割り込み、地図を覗き込んだ。先生は地図の中の山頂の休憩所を指差した。


「ここが行くはずだった山頂の休憩所。結構山奥だろ。ここから三時間走ったって、海には届かない。こんな港は無いんだよ」

「先生、ここはスーパーなんだから、”何々店” みたいな標識無いんですか?」

「無いんだよ。スーパーにも、駐車場にも、港にも、ここがどこかを示す標識は一切無いんだ」

「スマホは? GPSは?」

 松島先生は眉を斜めにしてスマホを俺の顔の前に差し出した。圏外の文字。俺のスマホも同様だった。


 キンコンカンコーン、キンコンカンコーン


 突然駐車場のスピーカーからチャイムが鳴り響いた。銀の棒についている時計は七時ちょうどを指したところだった。


「チャイム? スーパーの開店?」


 すると、駐車場の左手の丘の上から地響きが聞こえてきた。何かが坂道を下ってくる。


「犬?」


 何十匹、いやもっといる。百匹、二百匹、何百匹の犬の大群が坂を駆け下りてきた。ほとんどは可愛い子犬だ。きゃんきゃんと可愛い声で駆け下りてくる。


「何あれ? 可愛い」


 外に出ていた女子がもっとよく見ようと走ってきた。バスの窓からも何人か覗いている。


 子犬の大群は、まっしぐらにスーパーの入り口を目指し中に入っていった。タイミングよく外側の自動ドアも中側の自動ドアも開き、子犬たちはそこへ飛び込んでいった。


 駐車場に出ていた生徒はスーパーのガラス越しに中を覗き込んだ。

 そこでは子犬たちが、スーパーの中の食べ物を漁っていた。よく見ると、子犬がちょうど届く高さの低いテーブルが並んでいて、そこに食べ物がたくさん乗っていた。子犬たちの食堂のようにも見えた。


「なんだ、こりゃ」


 クラスで一番ガタイのいい澄也すみやがいつの間にか俺の横にいて、大声で外にいる子犬たちを威嚇していた。無邪気な子犬たちは澄也に遊んで欲しいようで足元でじゃれついていた。


「俺は犬が嫌えなんだよ!」


 一匹の子犬がキャンという甲高い声とともに宙に舞った。


「きゃあ、何するの」

「澄也! 何してる」


 澄也はその声を無視して、一匹もう一匹と蹴り上げた。キャンキャンと悲鳴がなり響き、三匹の子犬がアスファルトに叩きつけられた。

 ミカちゃんが子犬の一匹を抱き上げ、松島先生が澄也羽交い締めにした。


「お前、何してるんだ」

「うっせーな、うぜーんだよ」


 澄也は乱暴に松島先生をふりほどきバスに戻っていった。俺はミカちゃんと子犬のところに駆け寄った。


「ミカちゃん、子犬は?」

「だめ…みんな死んでる。なんて可哀想なことを…」


 子犬の大群はいつの間にか丘の上に帰ってしまっていた。俺とミカちゃんは海岸沿いの砂地に子犬を埋葬した。澄也と松島先生がバスの中で怒鳴り合っているのが聞こえてきた。




 十二時近くになっても俺たちはまだ駐車場にいた。俺たちがやってきたスーパーの駐車場の右の道も、丘の上につながっている左の道も、バスが通れないほど狭い道だった。少なくとも右の道は来た道のはずなのだ。でも俺たちは立ち往生でどこにも行けなかった。


 キンコンカンコーン、キンコンカンコーン


 駐車場のスピーカーから再びチャイムが鳴り響いた。銀の棒についている時計は十二時になっていた。

 駐車場の左手の丘の上からさっきと同じ地響きが聞こえてきた。何百匹の子犬の大群が坂を駆け下りてきた。


「また犬の大群?」


 俺たちは疲れていて、さっきみたいな興味が湧くことはなかった。きゃんきゃんと走り過ぎる子犬たちは、さっきと同じようにまっしぐらにスーパーの入り口に入っていった。


「なあ、あれおかしくないか」


 スーパーの中で食べ物を漁る子犬の中に、三匹、風貌の悪いのがいた。


「なんだありゃ? ゾンビか?」


 澄也のセリフに反応したように風貌の悪い三匹がこっちを振り向いた。そいつらはこっちを確認すると、入り口に向かって駆け出した。自動ドアが開く。ゾンビ犬が飛び出してきた。そして澄也に襲いかかった。


「ふざけんな!」


 澄也はゾンビ犬の攻撃をかわしながら、ボディにパンチを見舞った。転がるゾンビ犬。もう二匹は距離を保って様子を見ている。


「どうしたんだ!」

「先生!犬が!」


 松島先生と運転手さんがこっちに走ってきた。三匹はそっちを見て攻撃目標を変えた。一匹が松島先生、二匹が運転手さんに襲いかかった。


 澄也が助けに入る。松島先生を襲っているゾンビ犬をふりほどいて投げ捨てた。ゾンビ犬はすぐに立ち上がると、今度は運転手さんを襲い始めた。


「え? 血!?」


 運転手さんの喉元が噛み切られた。お腹が食いちぎられた。血が、内臓が……


「運転手さん!」


 俺たちは叫んだが助けに入れなかった。


「みんなバスに戻れ!早く!」

「早く戻ってー!」


 松島先生とミカちゃんが叫んだ。俺も澄也も、駐車場に出ていたやつらもバスに飛び込んだ。


 運転手さんはゾンビ犬三匹に食われていた。ゾンビ犬の食欲は凄まじかった。十分か十五分かで運転手さんは無残に骨になっていた。


「先生、見て、ゾンビ犬が」


 運転手さんを食べ終わった三匹のゾンビ犬は、いつまにか可愛い子犬の姿になっていた。



「澄也… あれ、お前が殺した犬なんじゃねーの」

「なんだと。だったらどうなんだよ。俺のせいだっつーのかよ」


 そうだ。俺は澄也のせいにしたかった。いや、きっとみんなそうだ。なんだか良くわからんけど、知らないスーパーの駐車場に閉じ込められて、連絡も取れなくて、おまけに変な犬の大群がやってきて、ゾンビ犬に運転手さんが食べられちまって。誰かのせいにしないと気が狂いそうなんだ。誰かを悪者にしないと正気を保っていられないんだ。


「そうだよ。お前のせいだよ」

「澄也、お前なんとかしろよ」

「もういや! なんでこんなことになってるのよ」


 バスの中はパニック状態だった。澄也につっかかるやつ、泣きじゃくるやつ、呆然と外を見てるやつ、大声で叫び続けるやつ、大混乱になっていた。



 時間は夕方の六時になろうとしていた。俺たちはみんなぐったりと静かになっていた。半分くらいのやつらは寝ているんだと思う。誰も外に出なかった。外に出たいなんて誰も思ってやいないだろう。


 俺はさっきのことを考えていた。もしかしたら、本当にあのゾンビ犬は澄也が殺した子犬なのかもしれない。だとするとルールはこうだ。


 ・子犬を殺すとゾンビ犬になる。

 ・ゾンビ犬は人を食べると元に戻る。

 


 キンコンカンコーン、キンコンカンコーン


 駐車場のスピーカーからチャイムが鳴り響いた。バスの中のみんながびくっとしたのが分かった。全員起き上がって窓の外を見た。これまでの二度と全く同じ。駐車場の左手の丘の上から何百匹の子犬の大群が坂を駆け下りてきた。


「いやー!」


 女子たちが悲鳴をあげる。バスの中はまたパニック状態になった。


 そのとき一番後ろの席に座っていた澄也が、パニックになってるみんなを掻き分け運転席に乗り込んだ。


 ブオン


 バスのエンジン音が響いた。


「澄也、何してる」


 松島先生が運転席に向かう。その瞬間、バスが急発進した。転がる松島先生。車内に悲鳴が沸き起こる。


「澄也、何すんだ! 澄也! 危ないからやめろよ」

「うっせー、みんな殺しちまえばいいんだよ」

「バカ、やめろ!」


 バスは犬の大群に突っ込み、何十匹、何百匹の子犬を蹴散らした。あちらこちらに血だらけの犬が転がり、さらに踏み潰されていった。


 バスの中は女子たちの鳴き声でいっぱいだった。男子たちは呆然と駐車場の惨状を見ていた。


 俺は運転席に行き、ゲラゲラ笑ってる澄也を引きずり出した。


「はっはっはっ、なんだよ直人。これでもう大丈夫だ。もう襲われることはねーよ。俺はヒーローだな」

「何言ってんだ。よく聞け」


 俺は澄也の襟をつかんで怒鳴った。バスの中が静かになった。澄也はまだへらへらしていた。


「俺の仮説はこうだ。子犬を殺すとそいつはゾンビ犬になる。そして次の食事の時間に襲ってくる。そして人間を食べると元に戻るんだ。お前、最悪のことしたかもしれないぞ」

「何バカなこと言ってんだ。そんなわけねーだろ」

「明日になればわかる」


 沈む夕陽が港の向こうの海を真っ赤に染めていた。



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道に迷った修学旅行バスがたどり着いた場所が戦慄の駐車場だった件 蔵樹 賢人 @kent_k

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