マイルールシンドローム

結城あずる

マイルールシンドローム

『おはよー』

「おはよう」

『おっはー』

「……」ぺこ

『おっはよう!』

「おはよう」

『オッスー』

「……」ぺこ


『『あれ?俺らだけなんで会釈なの……?』』




皆さんは『マイルールシンドローム』という言葉を知っていますか?


知らないですか?私もよく知らないです。


世界でも類を見ない超特異疾病と言われるものらしく、「学会を揺るがす奇跡の事例だ!」と担当の先生が危ないくらいに興奮していました。


先生いわく、『マイルールシンドローム』は遺伝子にイレギュラーが生じて起こる限りなく体質に近い病気だそうです。今のところ世界で私一人だけ。


その主な症状は"マイルール通りにしないと発作が起きる"というもの。


はい?なにそれ?って感じでよね。はい。激しく同感です。


簡単に言うと、『マイルール』を守らないとその拒絶反応で発作が起きちゃう病気です。


じゃあ『マイルール』とかしなければいいじゃん!って思われる方もいるでしょう。私だってそうしたいです。


でも、『マイルールシンドローム』は遺伝子のイレギュラーなので私の意思ではどうしようも出来ないらしく、現に朝目覚める度にそれが当然のように勝手に『マイルール』が頭に浮か上がってくるのだからお手上げなのです。


神様がいるなら言いたい。「もう!バカ!もう!もう!バカバカ!」と。


そのおかげで私は友人知人級友からは変な子扱い。そりゃ、「一日パン以外食べない」「一日小銭しか使わない」「1時間毎に利き手を変える」「挨拶を全部横文字で」なんていう行動の数々をしていればどっからどう見ても変な子です。


そもそもこんなヘンテコな病気のことを人に言える訳もなく、私はイジメられないよう必死に病気の辻褄を合わせために不本意なキャラを作り込んだんです。


根は人見知りの平凡な女の子なのに……。


今日の『マイルール』もまたややこしくて、『男性に返事しない』というのが今日のルール。


そんなんで、朝の挨拶もあからさまに男子にだけ態度が違ってしまった。


そしてこれはなんか嫌な予感がしている。


「おーい席につけー。出席取るぞー。朝倉ー」

「はーい」

「浅野ー」

「はい」

「飯田ー」

「はい」

――――――

「橋本ー」

「……」

「ん?橋本ー」

「……」

「あれ?橋本いないのか?」

「……」ビシッ

「っているじゃないか。橋本?」

「……」ビシッ

「いやなぜ挙手だ。返事をしろ返事を」

「……」ビシッ

「ふざけるのもいい加減にしろ。橋本。返事」

「……」

「……もういい」


呆れた様子の先生。


違うんです。ふざけてないんです。こうするしかないんです!


教室を絶妙に微妙な空気にしてしまった私。もう大人しく一日をやり過ごしたと強く思ったんだけど、そういう日に限って負の連鎖はコンボを決めにかかってくる。


国語にて――

「えー出席番号順で……橋本。この文を読んでくれ」

「……」


数学にて――

「じゃあ窓際の列から指名して……橋本さん。この式の解を答えてください」

「……」


英語にて――

「今日は9月15日だから足し算で……24番の橋本さん。今のところの英文を訳してみて」

「……」


結局この日は6限の内4つが男の先生の授業で、なぜか私はことごとくピンポイントで当てられてしまった。


先生方には注意されるわ、皆からは失笑されるわで散々な一日だった。


「はい。もしもし」

「やぁ。経過はどうだい?」

「今日は特に散々でしたよ」

「そうかそうか。その症状を抑えるのは難しいからね。体の方の具合は?」

「変わりません。すこぶる元気です」

「それは何よりだ。本当に、不治の病でベッドから起き上がる事も出来なかった君がこうして学校に通えてるなんて。医者として今でも驚きと感銘を受けているよ」

「それは……私も思います」

「本当に奇跡の事例だよ」


不治の病で余命を使い果たす寸前だったあの日。薄れていく意識の中で私はずっと願っていた。「生きたい」と。


それこそ細胞一つ一つに語りかけるようにずっと「生きたい」と願った。


だからなのだろうか。私はもう一度目を覚ますことが出来た。『マイルールシンドローム』になったのはこの時から。


今でも本当によく分からない病気だけど、一つだけ確かに言えることがある。


それは「生きること」を私のルールにしてくれたということ。


だからこうして私は違う景色を見れている。


困らされて、手を焼かされてる毎日だけど、私はルールに生かされてる。


だから今日も私はマイルールを守っていく。


自分との約束を果たすために。

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マイルールシンドローム 結城あずる @simple777

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