お弁当屋の掟

余記

第1話

お弁当屋の朝は早い。

ここ、ホクホク弁当では、朝の四時には仕込みを開始する。


その中心に居るのは、一人の恰幅の良い女性―――通称、おかんだ。


おかんは、皆が出勤してくる前から厨房の点検に入る。

包丁、まな板のチェックから、搬入された食材まで・・・


「ちょっと!このお肉のブロック、鮮度が悪いんじゃない?」

賞味期限を見る限り、まだ余裕がある。

だが、おかんの目をごまかす事は出来ないのだ。


「すいません。確かに、これは色がおかしいですね。このロットの商品、納入先に確認してみます。」


おいしいお弁当には、新鮮な食材。

これが、ルールなのだ。



***



遥かはるかむかし、地球には、降臨者こうりんしゃと呼ばれる者たちがいた。

彼らが何者だったのか―――詳しい事は伝わっていないが、卓越たくえつした生命工学バイオテクノロジーをもって、強い生命を作り出す実験をしていた、と考えられている。

彼らはその技術テクノロジーで宇宙船を作り、彼方へと旅立っていった。

のちに、神とも伝えられる話である。



だが、宇宙そらの果てにて、他の異星人たちと戦い―――敗北した。

敗北した降臨者たちは逃走しようとしたのだが、敵の追跡は執拗だった。

一隻、また一隻、仲間を失ううちに、ついに最後の一隻になった所で、ようやく見覚えのある古巣、つまり地球にたどり着いたのである。



彼らにとって不幸だったのは―――

かつて、地球における基地のあった場所が、弁当屋に変わっていたという事。

それと、彼らの宇宙船が偶然、地球におけるピーマンという野菜に似ていた事だ。




あぁ。あと、彼ら、というか宇宙船のサイズがね、丁度、ピーマンくらいだったんだよ。



***



お弁当屋のおかんは、熟練の技により、手元を見る事もなく包丁を振るう事が出来た。



「そこ!口よりも早く手を動かす!」

若者たちの指導をしつつ、自分の作業をこなす。

と、そこに、降臨者の宇宙船がワープしてきたのだ。



お弁当屋のおかんがピーマンを処理するタイムは僅か0.05秒にすぎない。

では、ピーマンの解体をもう一度見てみよう!




「な・・・何事だ!」

「いま、謎の巨大モノリスによって、船が真っ二つに切断されました!」

「な・・・なんだと?!」

外部カメラには、銀色に光る巨大なモノリス―――実は包丁なのだが―――が写っていた。


そんな会話をする間にも、船体を衝撃が走る。


「い・・・いかん!みな、乾眠クリプトビオシスに移行するのだ!」

クリプトビオシスとは、クマムシなどに見られる激しい環境の変化に対応出来る冬眠の一種である。


その声と共に、みな体を丸めて形態を変化させていくと、その外側を綿のような繊維が覆っていく―――彼ら一同がはぐれないように、また緩衝材としての機能を果たすために。



丁度その時、おかんがピーマンのわたをくり抜いて、側のゴミ箱に放り捨てた。




だが、おかんの包丁さばきは止まらない。


ひき肉で作った餡の入ったボウルに包丁を突っ込み、くるり、と回転させるとそのまま2つに割れたピーマンの間に突っ込む。

すっ、と包丁を抜くと、ピーマンの肉詰めが2つ出来上がりだ。

それを、溶き卵、衣の入ったボウルとくぐらせて―――フライヤーに放り込む。

この間、わずか1秒。


頃合いを見計らって、油から引き上げる。

こうして、ピーマンの肉詰め揚げが出来上がるのだ。



***



春のうららかな日差しの中、幼い女の子と母親が、公園に来ていた。


「おかあさん。クララ、ピーマン食べたくない!」

「好き嫌いしちゃダメでしょ!そんな好き嫌いばかりしてお野菜食べないと、元気になれないよ?」

丁度、お昼時なのだろうか?

母親が、幼い娘にお弁当を食べさせようとしていた。


この娘、クララは幼い頃から病気がちの為、足が不自由になってしまっていた。

その為、引きこもりがちになってしまった娘を心配して、外に連れ出しているのである。


「元気になる為、好き嫌いしないって約束したでしょ!わがまま言うと、デザートのプリンあげませんよ!」

らちが明かなくなって、ついに母親が切り札を切る。


その声に観念したクララは、おそるおそる、ピーマンの肉詰めを口にしたのだ。


「・・・あれ?苦くない?」


目をつぶって一口、かじってみたクララはそんな一言を口にする。

そして、残りもぱくっと食べてしまった。


「おいしい!」

思わず立ち上がるクララ。


その様子を見て、母親は愕然がくぜんとする。


「クララ・・・あなた・・・その足・・・」

「え?」

「クララが立った!クララが立った!」

泣いて喜ぶ母親。



彼らには知る余地も無かったが、偶然、クララが口にしたピーマンの肉詰め揚げ降臨者の宇宙船の肉詰めあげに詰まった超生命工学オーバーテクノロジーは、肉体の細胞を活性化して不具合のある所を治してしまったのだ。


この後、超健康体となったクララが降臨者を追ってやってきた異星人を相手に戦う事になるが、その話はまた別の機会にする事にしよう。



***



皆が居なくなった厨房で、おかんは一人、調理機材のチェックをしていた。


包丁の刃を見ていたおかんの目が鋭くなる。

「これは、研ぎに出しておかないとね。」

見るとそれは、今日、ピーマン降臨者の宇宙船を真っ二つにしていた包丁だ。

さすがに、刃こぼれしてしまったのだろうか?


他、フライヤーの油の処理、まな板の殺菌消毒など―――


これら全てが、おかんに言わせると、お弁当屋がおいしいお弁当を提供する上での掟なのである。

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お弁当屋の掟 余記 @yookee

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