ジャンケンのナカハナ
林きつね
ジャンケンのナカハナ
「じゃーんけーん」
「ほい!」
日曜日の昼下がり、二人の男女がジャンケンに興じている。とても微笑ましい光景だ。
部屋は一見綺麗だが、物が詰め込まれて決壊寸前の押し入れの扉や、雑に部屋の済に積まれた漫画がそれは一時的なものだということを表している。
部屋の主は花森──あだ名はハナという、染めた長めの茶髪とモデルのような体型をした少女だ。
今は部屋の中央に立って、ジャンケンというには違和感のある形の手を前に突き出している。
そのハナの真正面にいるのは中野──あだ名はナカという少年だ。ワックスで立てた短髪に、小さな円状のフェイクピアスをつけている。
こちらも、ジャンケンというには違和感のある形の手を前に突き出したまま固まっている。
「あーー……おい、ハナ。これどっちだっけ?」
「えっと……わかんないから私の勝ちでいい?」
「いいわけないだろうが」
ジャンケンにおいて勝ち負けがわからず、固まっている。異常な光景だが、それも仕方ない。なぜなら、今二人がやっているのは、二人が一時間もかけて考え抜いた創作ジャンケンだからである。
ハナはグーの状態から人差し指と小指を上げた手の形、対するナカはパーの状態から手をひねり人差し指を九十度曲げた手の形をしていた。
「だぁーもうわっかんねえ。やめだやめ!勝ち負けが覚えられねえジャンケンなんて嫌だ!」
ナカがそう叫んで、手の形を崩して乱暴に床に座り込む。それを見てハナも手の形を崩し、ゆっくりと自分のベッドに腰をかけた。
ちなみに、さっきの手の勝敗はあいこである。
「ナカが言い出したんじゃん……。『この世にある遊びはもうマンネリだ。俺が新しいルールを加えて面白くしてやるんだあ!』って」
「面白いと思ったんだけどなあ……ジャンケンの手を増やして、より高度な心理戦を楽しもうってのは」
「でも全部で二十六手は多すぎるって……。そもそも、手を覚えらんないよ。あと何?勝敗『毒』って。考えなしに作られたルールはルールとは呼ばないよ」
「うるせーよ、お前だって盛り上がってたくせに……。勝敗『コンビニの店員を笑わせてくるてくる』ってなんだ。もはやルールという名の横暴じゃねえか」
いつも通りの不毛なやり取りの末、二人のため息が、重なって部屋に響く。
なにかいい遊びはないものかと、考える二人だが直ぐには出てこない。時計の秒針の音が一定のリズムで鳴っている。
「よし!思いついたぞ!」
床に寝そべっていたナカが起き上がる。
しかし、とっくに考えるのをやめていたハナは、枕元に置いていた漫画をめくっているので無反応だ。
しかし、ナカは気にせずに喋る。
「ジャンケンだけに捕らわれてちゃいけないんだ。ジャンケンだけだと出来る範囲は狭い。無理やり絞り出したところでさっきの二の舞……よって、ここに新たなインスピレーションを取り入れる!」
ハナは気にせず漫画をめくっている。が、話はちゃんと聞いている。
「ふふふ、そうやって漫画を読んでいられるのも今のうちだぞハナ。俺が考え出す新しいジャンケン──ナカジャンケンのルールを聞けばお前も」
「名前だっさ」
一瞬、ハナの漫画を読む手が止まった。
「──この、ハナジャンケンのルールを聞けば、お前も興味のあまり目が飛び出ることだろう」
ハナは満足気に漫画に戻った。
「そもそも、ジャンケンをする時ってなにか理由があるよな?残った食べ物の処遇を決める時だったり、何かの順番を決める時だったり。ジャンケンとジャンケンをする理由は常にセットというわけだ」
ナカという男は、一々前置きが長い。
「そこで俺は、その"理由"と"ジャンケン"を融合されることにしてみた。それによりだ、何かがあるからジャンケンをするのではなく、ジャンケンをすることで何かが発生する──というわけだ!」
ハナの手が次の巻に伸びた。そして、この辺りの下りは聞いていない。
「ではお待ちかね、ルール説明だ。まずは普通にジャンケンをする。普通にジャンケンだ。そして、次に何が起こるか……これはジャンケンそのもの緊張感を上げて面白さを増すために少し過激にした」
そこまでナカが言ったところで、ようやくハナも、漫画は開いたままだが顔はナカの方へ向ける。その顔には、少なからず期待が宿っていた。
「ふふふ、驚けよ──ジャンケンで勝った方が負けた方の頭を叩く、そして負けた方が頭をすかさず守る!──どうだ?驚いただろう!ジャンケンで勝ち負けが決まるのではなく、あくまでジャンケンはオフェンスとディフェンスの決定、勝敗はお互いの状況判断力に委ねられる……そしてこれはもう既にあるやつだったあ!!」
今日一番の大声を発して、大きな身振りを保ったまま後ろに倒れるナカ。
ハナは何も言わず、また漫画に視線を戻した。
「しかも死ぬほどありふれてる……ううっふぅっ……。気づいてた……気づいてたよ、これ叩いてかぶってジャンケンポンだってさ……ハナジャンケンとか言った時ぐらいにはもうな、でも止まらなかったんだ……止めたくなかったんだ……ごめんよハナ……」
罪を懺悔する罪人のように、ナカは涙ながらに訴える。
そんな幼馴染に、ハナは漫画を閉じて脇に置き、慈母のような瞳で見つめながら言う。
「馬鹿なんじゃないの?」
トドメの一言を。
ナカはこれでも進学校で学年二位をキープしている秀才ではある。あるのだが、この有様では到底そうは思えない。
ハナはため息をついて呆れる。ナカにではなく、ほんの少しでも期待してしまった自分に。
「俺才能ないのかなあ……新しいルールを作る」
「ゼロに等しいかな」
「はぁぁぁー……ちくしょう……」
ナカが落ち込んでいる。なぜここまで本気で落ち込めるのかはハナには欠片も理解できないが、大切な幼馴染が落ち込んでいれば慰め元気づけなければならない。
例えどんなくだらないことであれ、目の前で今まで苦楽を共にした幼馴染が苦しんでいるのだ。それを救わずして幼馴染が名乗れようか。漫画なんてどうでもいい、今はこの命尽きようともナカを元気づけよう──という体で、ハナの暇つぶしが始まった。
「まあ、最初はそんなものだよ。でもねナカ、この世に練習して上手くならないことはないよ」
「練習?」
「そう、練習。ルールを作る練習。さあ、どんどん新しいルールを作っていこうよナカ。私がそれを判定してあげる」
ナカの目に映る慈愛に充ちた表情でこちらに手を伸ばす幼馴染が、神に見えた瞬間であった。
「えーっと……スーパーのもやしはタダにしなければならないルール!」
「いいね!家計が節約できる!」
「あと、あとはその……夏にアイス食ってる時、さっさと溶けるのナシってルール」
「素晴らしい!!採用!!」
「よし、ゴキブリを見て、キャーって叫び声上げた男を馬鹿にしない、ルール!」
「全男を味方に付けた!ナカ最高!」
「全裸で外歩来たい時は歩いても怒られない!」
「グッド!」
「俺よりモテるやつは退学!」
「パーフェクト!」
「胸がDカップより小さい女は投獄!」
「エクセレント!」
「しゃあ!俺やっぱりルール作る才能ある?!」
「ない!!」
「ないかー!」
三度床に倒れるナカ。そんなナカを、ハナは冷めた目で見ている。
「そもそもルールを作る才能って時点では?って感じなのに、その内容すらひたすらに面白くないって救いはどこにあるの一体。ええコラオッパイ星人。わたし投獄か?」
「さっきまではノリノリだったやつが急に冷静になるの怖い……」
ナカは自分を見下げるハナを見て思う。ああ、これ本気でちょっと怒ってるなと。
恐らく胸のことだろうが、素直に謝ることは地雷をさらに踏み抜くに等しい行為なので、ただ黙る。そして静かに反省する。ノリに身を任せるのは控えようと。
「よし、才能がないナカには罰として今日一日ルールに従って貰います」
「ルールって、なんの……」
仁王立ちのまま、クイッと親指で自分を指すハナ。即ち、「わたしがルール」だと。
ジャンケンのナカハナ 林きつね @kitanaimtona
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