第9話 君の隣で

「どこかで会ったことある」と聞いたら、先生は泣きそうな、でも嬉しそうな顔をしてこう言った。


「だから、君が好きなんだ」

 窓もない部屋の中なのに、ぶわっと風が吹き抜けていく。色とりどりの花びらが舞って、先生が見えなくなって。不安になって手を伸ばす。


「大丈夫、僕はいつでも君の隣にいるから」




 次の瞬間。お母さんに呼ばれて振り返る。

「あれ、私……」

 さっきまで何をしていたのか分からないのに、無性に泣きたくなって手元を見ると、いつか両親に買ってもらったクマのぬいぐるみを抱きしめていた。

 ほら、早く行くわよと言われて母に駆け寄る。


 花も咲いていない道路に、微かに花の匂いがして振り返るけれど。そこには何も無かった。


 車に乗り込む。何か読もうと鞄の中を探る。幼い日の初恋を忘れられない男の子が主人公の恋愛小説が入れられていた。

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