悪役たちの運営会議
あらゆらい
議題・不文律
「忙しいところ集まってもらってすまない。規定の時刻になったので運営会議を始めようかと思う」
議長であり総帥でもある「カイザー」がそう挨拶した。
「了解しました総帥」
「えー、また会議ぃー?」
「ウォオォオオォオン」
「……」
運営会議に出席するのはカイザーを含めて五人である。
最初の恭しい態度で接するローブに身を包んだ鳥人間は参謀「クロウ」
次に気怠そうな声を出した紅一点である、真紅の甲冑姿の女魔剣士「ルージュ」
人語を話せないながらも魔獣を統率する軍団長「ベスティア」
寡黙で滅多に言葉を口にしない用心棒「ジュウゴロウ」
この癖の強い五人は世界征服を企む悪の組織「Z」の幹部構成員なのだ!
その開始の合図とともにスッ、と手を挙げたのは意外にも女魔剣士でルージュである。
その様子にカイザーも「ほう、珍しいな」と声をあげるほどであった。
ゆっくりと立ち上がったルージュは口を開く。
「ねぇー、議題より何より、やっぱこの名前なんとかならない?」
その声にいち早く反応して声をあげたのは参謀であるクロウだ。
「えぇい!それは前回に話し合ってどうにも出来ないとなっただろう!」
「えー、でもー……」
なおも食い下がろうとしたルージュは裏返る直前の甲高い声で叫ぶ。
「しょうがないではないか! まさか
どうも、口惜しく感じているのはクロウも同じ……いや、情熱で言えば明らかにルージュを上回っている。
血の涙を出しそうなほどの激情にを「そ、そう」と軽く引く。その姿にさすがに何もそれ以上は口にしなかった。
「で、今回の話題だがな。クロウから一つ提案があると言う話だ」
その言葉にゴホンの一つ咳払いをして立ち上がる。
「私が言いたいのは他でもない。"不文律"の完全撤廃である」
その
ルージュやベスティアはもちろん普段から冷静沈着なカイザーやジュウゴロウですら表情の揺らぎを隠しきれない。
「クロウよ。それはどの不文律だ?
"名乗りを上げている間の攻撃禁止"かね?それとも"変身中の行動制限"のことか?」
「"全幹部の一斉投入の原則禁止"や"三ヶ所以上の同時制圧禁止"、"倫理を大きく逸脱した戦術・兵器の禁止"もですよ。総帥」
スラスラと答えられるところからして、この展開はクロウからすれば織り込み済みらしい。
「えー、でーもー。それって破ったらマズイやつじゃなーい?」
そう、この「悪」の世界は一般的には無法者の集まり……と言うことになっているが、実は違う。
明文化されてはいないものの、そこそこの歴史があるこの業界には不文律ーーいわゆる"暗黙のルール"と言うものが存在するのである。
そして、それは先に挙げたような、明らかに自分の優位性を投げ捨てるようなモノが多い。
「クロウよ。貴公の言うこともわかる。
だがな、非常に残念であるがそれは許されぬことだ」
「どうしてですか!?」
悲痛な叫びをあげるクロウ。
「貴公も分かっているのではないか?
この世界では年端もいかぬ子供たちが見守っている。
その子らに背中を見せていることを忘れてはならないのである」
「そんなことを言っている場合か!」
総帥の言葉に癇癪を起こした子供のように甲高い声を上げるクロウ。そこにはいつもの冷静さも主人に向ける敬意も残ってはいなかった。
「貴方はいいだろう!
どっしりと後ろで構えている姿を見せているだけでそれなりに絵になるのだからな!
だが、私はどうなるのだ!
参謀と言いながら、小狡く間抜けな作戦をいくつも立てて全て失敗する姿を毎回見せつけなければならないのだ。
これでは私は無能ではないか!!」
「クロウ……」
明らかに不敬な態度であったが、そんな追い詰められた様子に流石に叱責する気にはならなかった。
それは仲間にも通じていたのかもしれない。
「まぁ、私はクロウがそこまで言うなら一回やってみてもいいと思うよー」
「ウォオォオオォオン!」
他の幹部からはの反応は軒並み良いーー
「拙者は反対だ」
ーーとはならなかった……。
「ジュウゴロウ……」
「そんな真似は卑劣なものがやること。拙者は気が進まん」
いや、「お前、悪の組織だろ!」と言うツッコミは無しだ。
悪を名乗る組織にも、何故か知らんが闘いにおいては異常なまでストイックさを出すヤツが一人はいるのだ。
これもまぁ"
しかし、そう言われて引っ込むほどクロウはおとなしくしていない。
「ジュウゴロウ殿は卑劣ではないと言うのか……!」
「何だと」
自分の矜持に障る一言にジュウゴロウも目を怒らせる。
「貴様が一番狡賢いではないか。アイツらとなんか勝手に
「そ、そんなことはない。
私の生きる目的はあの者たちと決着をつけること。
そんなくだらぬことではない!」
しかしクロウは知っている。
なんのかんの言いつつも、彼が退場するときは桜が散るなうな華やかさがある。
これもまぁ"
「ええぃ。こんなことをしていても埒があかんわ!」
「ぐ! な、何をする!」
ジュウゴロウに摑みかかるクロウ。
本来ならばクロウと直接闘っても、参謀であるクロウには敵うはずもない。
しかし、相手の不意を突いたことと、相手にただ首輪をつけるだけであったためにそれほどてこずることもなかった。
「よし。ジュウゴロウよ。貴様の目的はなんだ?」
「ギギ。アナタサマノ命令ヲ遵守スルコトデス」
その目には意思も生気も感じられず、発する言葉にも感情は排斥されられ力が感じられない。
「えー、チョット。何やったのー?」
「ウォオォオオォオン!」
仲間の凶行と仲間の変貌ぶりに恐怖と驚きを隠せない女魔剣士と軍団長。その態度を知ったか知らずか、参謀は淡々と説明をする。
「知れたことよ。かねてより開発していた完全に相手を洗脳する首輪を試しただけだ」
しれっと言った参謀の言葉にその場の人物は慄きを隠せない。
ただ一人を除いて。
「クロウよ。本気なのだな」
その言葉には半ば諦めに似た感情が混じっているように見えた。
「良い。ならば次の作戦。貴公の思うようにするがいい」
そう言われて、「ははーっ」と恭しく頭を下げて傅くクロウ。
その伏せた顔はにまりと笑っていた。
(ここからだ。ここから私の活躍が始まるのだ!
世界に私の有能さを認めさせてやる!)
しかし、こう言う露骨に自己顕示欲の強い小物が一人は混じっているというのも"
※
「あーあー。やっちまったなぁ」
あの会議から早数日。
参謀「クロウ」の企んだ作戦が始まろうとしていたときに、地球防衛隊「ワールドレスキュー」の司令室にて、白髪混じりの壮年である司令官はポツリと呟いていた。
「爆弾を用いた学校から軍事施設までを狙った破壊工作。危険すぎる怪人の製造。
さらには全ての幹部をこの本部に向かわせている……か」
「どうします。ひょっとしたら変身中に攻撃してくる可能性も……」
「今なら一〇〇パーセントやるだろうよ」
どかっ、と司令官の椅子に深く座ったかと思えば、ポケットからタバコを取り出して、一本つまみ出す。
「チョット、ハヤテ司令。ここは禁煙ですよ!」
部下の言葉に耳を貸さず。構うことなくジッポーで火をつけた。
煙を大きく吸ってから、大きく吐き出す。
「これから"不文律"を破るんだ。禁煙の一つや二つ破ったって構わんだろう?」
その一言に周囲が騒つく。
あたりから「え、アレやるの?」「いっぺん見てみたかったんだよね」「なんか凄いんだろ?」と言う声が漏れる。
一応、副官と思しき女性が、「本気ですか?」と確かめる。
「相手が先にやってきたことだ。構うこたねえ」
と言って豪快に笑う。
こう言う型破りな人が正義側に一人はいる。これもまぁ"
「よーし。
まずは、ウチに溜め込んでたミサイルがあったろ。アレを準備しとけ。
とっくに場所が割り出せていた奴らのアジトである十五ヶ所を準備でき次第に一斉攻撃する。
次に、最終回直前までとっとくはずだった出力を一〇倍にできる変身の第二段階目を今回使用する。
あぁ、あと変身の時間制限は無制限に設定しておけよ
悪役さんが来るまでの間に開放できるだけ開放する!!」
ーークロウは勘違いをしていた。
不文律は悪役を封じて正義の味方をサポートするものなのだと思い込んでいた。
だが違う。
不文律とは、物語を面白くするために
当然ながらそれは正義にもーーいや、正義に則って動かなければならないだけ、より"悪"なんぞよりも強い縛りが求められる。
はっきり言おう。
縛りを全て開放すれば世界征服も夢ではない。
「悪役さんよぉ。
ルールってもんが、一体誰のために敷くのか。それを考えとくべきだったんじゃあないかい?」
クロウは、何よりも"悪に栄えたためしなし"という不文律を何とかしなければならなかったのかもしれない。
悪の組織「Z」の壊滅まで残り三時間……。
悪役たちの運営会議 あらゆらい @martha810
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。悪役たちの運営会議の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます