いろんなルールがあるんだなぁ♪

空 幾歳

ルールに縛られし者たち

「店主……どうして彼を殺したりしたんだ?」


 探偵である俺は、友人と共にある殺人事件を追っていた。

 殺されたのも俺の友人であり、闇夜に背後から割り箸で一突き。その凶器の割り箸から、このラーメン屋の店主に行き着いたのだ。

 ラーメン屋の店主は、悲痛な表情で叫んだ。

「あ、あいつが悪いんだ……! あいつが、スープを飲む前にコショウ振ったりしなければ……!」

「……え、そんな理由で?」

「馬鹿野郎、先ず自慢のスープを味わうのがこの店のルールだ! スープは俺の子供も同然だ! 俺はあいつに、子供を殺されたようなもんだ!」

「いや、だとしても! ホントに殺すのはやりすぎでしょ!」

「うう……ああ……!」

 膝から崩れ落ちる店主に向けて、俺はさらに続けた。


「あんたは店のルールに固執するあまり、人としてのルールを破っちまったんだ……!」

 ――決まった。


 警察には既に連絡を入れている。あとは来た警官にこの店主を引き渡せば――等と考えていると、床に崩れ落ち項垂れているハズの店主の肩が震えているのに気づいた。

 自分の犯した罪の大きさに慄いているのか……いや、笑っている!?

「な、何がおかしい!」

「探偵の坊主、お前いま、人としてのルールって言ったか」

「ああ、言った、確かに! ここ一番のキメ顔で!」

「その人もまた、天然自然の中から生まれたもの! つまりは、自然のルールに従うべきだ!」

「どっかで聞いたようなフレーズだけど、自然のルールっていうと……!」

「弱肉強食にィ! 決まってんだろうがッ!」

 店主の体が咆哮とともに跳ね上がる。口が裂けて前方に長く伸び、破れた調理服の下からは灰色の剛毛が現れて――こいつ、狼男だったのか!

 しかし鋭い爪を振り下ろそうとする狼男と俺の間に一人の男が割って入り、間一髪、その爪を拳で叩き落す!


「ここは俺に任せてもらおう!」

「ア、アイアンファイター! 頼んだッ!」

 巨大ロボットに乗って戦う国際格闘競技、アイアンファイト。事件を俺と共に追っていた友人は、その選手、即ちアイアンファイターだった。そのロボットの操作には高い格闘能力が要求されるため、結果として生身でも凄腕の格闘家、という事になる。

「アイアンファイト国際ルール第一条! 頭部を破壊された者は失格する!」

 アイアンファイターはそう叫ぶと、狼男の頭部を鷲掴みにする。ブレーンクローというやつだろうか。

「……それにしても、それもどっかで、というか破壊って」


 ――ぐちゃり。


 ………………。

 

「ホントに破壊しちゃだめだろぉぉぉぉォォォォ!?」

「すまん、ノリでつい」

「ついじゃねえよ、お前まで人のルール破んなよ!? 人殺し、ダメ、絶対!」

「そもそもこいつ人なのか?」

「一応人間社会で生きてたんだから、先ずはそっちでだな!」


 まあ、手遅れなんだけどな!

 おまけに狼男の死体は人間の姿に戻ってしまっていて、とてもお見せできる状況ではない。警察が来たら説明して、アイアンファイターを突き出さなくてはならなくなった。

 

「仕方ない、自首するか。懲役食らいながらでも、爆弾つけとけば出場できるしな」

「ユルい競技だなおい?」


 まあ本来は生真面目な男なんで、自首するんならこれで事件は解決――


「……ぐふッ!」


 突然、アイアンファイターが血を吐いて倒れた。……死んでる!?

 その倒れ伏したアイアンファイターの背後には、人影が血に濡れた刀を携え、立っていた。


「……アイアンファイター!? 嘘だろ!?」

「此の男はアイアンファイターに非ず」

 人影はくぐもった声でそう言った。覆面で顔を隠した、その和風の装束は正しく忍者そのもの。

「こやつは三年前に忍びの道を捨て、里を抜けた男。故に里のルールに則り、始末させて貰った」

「抜け忍、ってやつか……まさかこいつが……」

 俺はピクリとも動かない、抜け忍だったアイアンファイターの背中を眺めながら呟いた。

「……そして我が姿を見たお前も、始末しなくてはならない。それが闇のルール

「あ、やっぱり?」

 ゆらり、忍者が足を踏み出し……来る!


「きゃん!?」

 ズデンっ!


 ……何が起きたのかというと、床に出来ていた血だまりに足を取られた忍者が、つまりその、コケた。

 頭潰されたヤツに刃物で刺されたヤツまでいたら、そりゃ出血量もそれなりにあるわけで。

 ていうか「きゃん」て。……まさかコイツ。

 

 俺は忍者に歩み寄って、その覆面を剥いでしまう。

「やっぱり、女、なのか」

 忍者っていうか、くノ一だったか。

「く……っ、私の里では、顔を隠し女を捨てなくては忍者になれないのよ!」

「そんなルールなのか……ちなみに顔を見られた場合は?」

「見た相手を殺すか、愛するしかないのよ……!」

「君、日本人じゃなくてヨーロッパ生まれ? ギリシャとか」

「てことで探偵、あんたは殺すね?(はぁと)」

「かわいい感出してくんな! ていうかやる事変わってねぇし、もう一つの選択肢は!?」

「あんた、私の好みじゃないし」

 ですよね! そんな気はしてた!

 早く来てお巡りさん!


 その時だった。店の入り口のガラス戸が突然弾け飛ぶ。

 そして続いて、拳銃を構えた人影が、その壊れた入り口から店内に入ってきた。

 あ、あんたは……!


「メタルコップGX!」

「待たせたな、探偵」

 増加する凶悪犯罪に対抗するために警視庁で開発された、超高性能AI搭載の鋼鉄のアンドロイド刑事、その名もメタルコップGX!

 くっそダサいネーミングだが、その実力は折り紙付きだ。

「だが、普通に入ってこい、普通に」

「そんな事より、彼女を逮捕すればいいのか?」

「ああ、とりあえずそうだな!」

「ちなみに、より凶悪な犯罪に対抗するために、私にはより上位の法規ルールが適用され、権限も大きなものとなっている」

「というと?」

「私の判断で容疑者を逮捕だけでなく、場合によっては抹殺する事も許されている」

「逮捕だけでいい。というかやめろ」

 誰だ、たかだか殺人犯逮捕にこんなの派遣したヤツ。

「……チッ」

「舌打ち!? 今、舌打ちしたかこのポンコツ――うっ……!?」

 そのツッコミを入れた瞬間、俺の意識は闇に沈んだ。



 俺が死んだ後、メタルコップGXとくノ一の死闘が始まった。

 それが切欠となり、くノ一の里と繋がりのある暗殺組織が警察と武力衝突、また、元々俺が追っていた薬物密売組織が勢力を拡大、暗殺組織と結託し、合法非合法問わず各地の組織と衝突、戦争の火種をばらまいて行った。

 多種多様な価値観から生まれたルールとルールがぶつかり合う。

 その末には狂気マッド最大値マックスを振り切り、ルール無用の悪党どもが跳梁跋扈する、時はまさに世紀末。さらに概念からして異なる異星人の侵略までもが始まり、地上は荒廃していった。



 俺はそんな地球を、死んだ魚のような目で宇宙から見下ろしていた。

 いや、多分死んではいるんだけども。


 ふと気配を感じてそちらを向くと、ラーメン店主に割り箸で殺された筈の、俺の友人の姿があった。

「友人か。やっぱり俺は死んだんだな」

「ソノ通リ。キミヲ、迎エニ、来タ」

 何だその宇宙人喋り!


「私ハ神様ダ。コノ男ノ脳髄ヲ借リテ、君ト会話シテイル」

「神様なのに宇宙忍者っぽい!? というか脳髄じゃなくて霊体かなんかじゃないのか?」

「オオ、死シテナオつっこみヲ忘レヌトハ、流石ダナ」

「? 何のこっちゃ?」

「生キタ人間ガ、つっこみヲ入レル事ノ出来ル回数ハ、限ラレテイル。君ノつっこみガ、ソノ回数ニ達シタ為、君ノ心臓ハ、止マッテシマッタ」

「何だそのクソみたいなルールは! ……ちなみに何回?」

「20憶3千万回ダ」

「引っ張るな宇宙忍者!」

 そんな俺のツッコミに、神様は友人の顔で微笑みながら手を差し出す。

「ソシテ、君ハ異世界ニ勇者トシテ転生スル資格ヲ得タノダ。私ト共ニ、来ルガイイ」

「……チート能力付きで?」

「勿論。るーる、ダカラナ」

 ルールなのに反則チートとは可笑しなものだが。

 ともかく俺は少し考え、荒れ放題となった地球に目を向けた。

「まあチートはいいとして神様……あれ、何とかならない?」

 住んでいるのはバカばかりだが、俺が一生を過ごした星だ。愛着はある。

 最後に見る地球がこんな荒れた姿なのは、悲しくて仕方がなかった。

 だが。

「無理ダナ。君モ一度ハ聞イタ事ガアルダロウ。人間界ヘノ干渉ハ許サレナイ」

 神の言葉に、慈悲は無い。


「――ソレガ、神ノるーるダ」


 地球人類は、滅亡した。

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いろんなルールがあるんだなぁ♪ 空 幾歳 @ikutose03

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