猫のふみふみ

篠原 皐月

取り敢えず、俺には両方が担当につくらしい

 冬休みに実家に帰省した時、初めて目にした生まれて間もない子猫のミミとハナ。その時は見慣れない俺に警戒しまくりだったが、春休みになって帰省すると、平気で俺の前を横切るようになっていた。


「ミミもハナも、俺の顔を覚えたみたいだな」

「そうね。この前みたいに、あからさまに不審者扱いでは無くなったわね」

 夕食を食べ終えてから、三人でソファーに移動して寛いでいると、二匹がとことこと父さんと母さんの足元に移動して来た。そして二人を見上げてみゃ~みゃ~鳴いて訴えてくる。

 何事かと思っていると、父さんがミミを、母さんがハナを抱き上げて自分の膝の上に置いた。


「うん? 二匹とも、何やってるんだ?」

 二匹は匍匐前進するようにもぞもぞと両親の脚の上を移動し、二人のお腹を前脚で交互にゆっくり踏み出した。時折ゴロンと寝転がって身体をくねらせる様子を見せてから、また再び起き上がってお腹を踏み始める二匹を見て、全く意味が分からなかった俺は首を傾げたが、母さんが笑って答える。


「お腹が空いたってアピールしている場合もあるけど、甘えてきてるのよね。眠くなっている場合もあるけど」

「へえ? そうなんだ。前に飼ってたニャンコは、そういう事はしていなかった気がするけど」

「母猫の、お腹を押すような感じかしら? 猫にもよるけど、大きくなるとしなくなる方が多いらしいわ。ニャンコは今のミミやハナより、もう少し大きくなってから飼い始めたしね」

「そうか」

 その様子がなんとも可愛らしく、夕食後毎に父さんと母さんのお腹で繰り返されるその光景を、少々羨ましく思いながら眺めていたが、三日目になってちょっとした事に気が付いた。


「あのさ……、気のせいかもしれないけど、お腹や太ももを踏み踏みしたりゴロゴロしたりするのは、ミミは父さんでハナは母さんなのか?」

「え?」

「は?」

 二匹は同じ所から貰われてきた姉妹のアメショーで良く似ているが、ミミは片方の耳が少し折れていて、ハナは鼻の周りが少し白くなっているから、きちんと見分けが付いていた。今日、何気なく見ていると、左右からやって来た二匹はミミは母さんの前を、ハナは父さんの前を通り過ぎて目的の相手の下に向かったとしか思えなかったのだ。

 俺に指摘された二人は怪訝な顔を見合わせてから、膝の上の猫を見下ろしながら告げた。


「言われてみれば、そうかもしれないわ」

「気にしなかったが、確かにそうだな。ミミとハナで相談したのか?」

「猫が相談するかよ……」

 担当を決めているって何なんだと思いながらお茶を飲んでいると、何やら父さんがにやにやしながら言ってきた。


「何だ、太郎も踏み踏みして欲しいのか?」

「……別に。それに担当が決まっているなら、俺なんか見向きもしないだろ」

 素っ気なく言ってやったが、それを聞いた二人は面白そうな顔になって猫を抱えて立ち上がった。


「試してみないと分からないだろうが」

「そうよね。ほら、ハナ。太郎のお腹も踏み甲斐があるわよ?」

「ミミ、お前も一度、試してみろ」

 そう言いながら二人はローテーブルを回り込み、抱えてきた二匹を俺の膝に乗せた。


「…………」

 キョトンとした顔で周囲を見回してから、無言で俺の顔を見上げてくるミミとハナ。こちらも何をすれば良いのか分からず当惑しながら固まっていると、二匹はもぞもぞと前進を始めた。 


「お、上り始めたぞ?」

「あら、二匹一緒だわ。どちらにも気に入られたみたいで、良かったわね」

「いやだから、俺は別に……」

 そしてお腹の上で落ち着いて踏み始めるかと思いきや、二匹はそのままトレーナーを上に上って行く。


「うん?」

「あら?」

「こら! どこまで上って、いててててっ! 爪を立てるな!」

 どうすればよいか咄嗟に判断がつかないうちに、二匹は肩まで上がって首や頭に脚をかけた。しかし爪を出したのか、左右からチクチクとした痛みが生じる。思わず振り払うと、二匹はソファーの座面に転がり落ち、キョトンとしながら固まった。それを見た父さんと母さんが、慌てて二匹を抱き上げる。


「あら、大変!」

「こんな子猫が爪を立てたって、対した事は無いだろう。そんな声を上げるな」

「じゃあ自分がやってみろよ!」

 腹立ち紛れにそう叫んだが、父さん達は首を傾げた。


「爪を立てられた事なんか無いが」

「私達は飼い主だって、ちゃんと理解しているから?」

「じゃあ、俺は何なんだよ!?」

「不審者を脱したお客様?」

「動いて喋る遊び道具か?」

「もう良い!」

 ムカムカしながら話は終わりだと言外に含めながら叫ぶと、父さんと母さんは猫を抱えながらリビングから出て行った。

 そのまま俺は一時間位テレビを見ていたが、気が付くと俺の足元に二匹が居り、無言で俺を見上げてきた。


「……何だよ、お前ら」

「にゅぅ~」

「なぅぁ~」

 仏頂面で応じると、二匹は揃って一声鳴いてから、ミミは右足、ハナは左足の先を軽く踏み踏みし始めた。


「ご機嫌取りのつもりかよ……」

 仕方がないなと俺は諦めて溜め息を吐き、それから二匹が踏み踏みしなくなるまで、俺の右足担当はミミ、左足担当はハナに決まっていた。

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猫のふみふみ 篠原 皐月 @satsuki-s

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