第二十八話 決死
肉を食む。
そして、骨諸共に食い千切る。
―――不味い。
栄養価が低いことは元より。香りも味も薄く、食べていて愉快なものではない。それでも食わねばならない。
優れた
周りには彼女と同様に、
今は戦争の小休止。
敵も味方も手を休めて、補給活動に勤しんでいる。相手の動向を探りつつ、次の一手を考える時間だ。
とはいえ、
玉砕、である。
事の起こりは――
敵である人間共は、彼を捕まえたその場で殺すことはせず、公開処刑を行うことを決めた。
十ある各砦にて順番に晒し物にした後、聖都にて斬首する手筈だ。それは
それが晒し物にされた挙句に処刑されるなど、もはや恥辱という表現すら生温い。故に
無論、これが無謀な戦いであることは承知している。
敵からすれば襲撃など予想の
彼我兵力差は一対九にも満たない。
それでも
元より彼等は死兵。戦わずに死ぬよりは、戦って死にたい――そんな決死隊の集まりである。兵力差など最初から考えるに値しない。その程度で戦いを止める臆病者など、誇りある
だが、それでも―――
「……ハッ!」
随分と大柄な女性だった。
例に漏れず顔立ちは端整だが、野性味溢れる風貌である。褐色の頬と鼻筋に刻まれた深い傷跡が、その印象を深くしていた。
身に着けているのは革の軽鎧と、
手には人間の兵士から奪った、鋼鉄製の黒い
そして背中には、鉄塊じみた大剣が。
この戦場において指揮官を務めるのが彼女だ。
コナはムンドヌォーボの妻であり、モニカとパーピュラシナの母である。そして常に最前線で戦い続けた古強者だ。彼女の武勇は人間側にもある程度知られており、ムンドヌォーボに並ぶ優先的な抹殺対象としてリストに加えられている。
そんな彼女の許へ、急速に接近する影が一つ。
「―――戻ったわよ」
大型の狼に騎乗した
辺りには森林があるとはいえ、〈太陽〉がある聖都に程近い位置である。目隠しは
彼女の名はカトゥーラ。
コナの副官であり、腐れ縁の旧友でもある。
「どうだった、糞人間共の様子は」
「最悪」
苛立たし気に、カトゥーラが答える。
「もう駄目ね。向こうの指揮官は随分と慎重な性質だったみたいで、今まで馬鹿正直にこっちの突撃に付き合ってくれてたけど。それももう終わり。連中、こっちには援軍も伏兵もないだろう、って見切りをつけてきたわ。陣を張って隊を三つに分割、せっせと動き出したわよ」
それは、あまりにも絶望的な報せだった。
少数であるが故に遊撃と突撃を主とする
「翁の移送を優先しつつ、私達を殲滅する腹積もりね。もうすぐ
そして、その陣を越えなければ
だが現在の装備で真っ向から人間――天使とその加護を受けた騎士を相手にするのは不可能だ。どちらも避けて進むこともできなくはないが、時間がかかり過ぎる。第004号砦への移送が終わってしまう。そうなっては手出しできない。
前者の場合、疲弊した状態で天使や騎士と戦わねばならなくなる。前者を避けて後者に突撃した場合でも、背後から
「翁を追うのはもう無理ね。……一応訊いてあげる。逃げる気はあるのかしら?」
「全くないね」
低い声でがらがらと嗤って、コナは断言した。
思わず渋面するカトゥーラ。目隠しの下から向ける眼差しが、自然と険しくなる。
対して、コナは大袈裟に肩を竦めて見せた。
「おいおいカトゥーラ、そんな顔はよしな。今更怖気づいてんじゃないよ。こんな土壇場で逃げるくらいなら、そもそも最初っからここにはいない。そうだろう?」
「……それは、そうだけど」
「なら腹を括りな。アタシもお前も自殺志願者だ。『翁様を取り返すため!』とか大層な大義を掲げちゃいるが、ソイツが叶うなんて夢にも思っちゃいない。最初っからね。ただ死にに来ただけだ。―――そうだろう、野郎共!」
鎌の穂先を高く天に突き付け、コナが吠える。
「ここで死んだらどうなる? 先祖に顔向けできないか? 子孫が許しちゃくれないか? ―――そんなこたぁどうだっていい! もうどうやったって
豪放に、
「ここがアタシ達の死に場所だ! 我等が父祖たる翁の奪還を目指し、前のめりに死んでくんだ! ここで死ね! ここで殺せ! 人間共の末代までの語り草になるくらい、いっちょド派手に暴れてやろうじゃないかッ!」
―――オオオオォォォオオオオオオオオオオオオオオオ!
歓声が上がった。あるいは、
ここには戦場の悲壮など微塵もない。それも当然。戦って死ぬ事を誇りに思っている、生粋のウォーモンガーの集まりなのだ。士気の高さは尋常ではなく、逃げ出す者など皆無。
それが、
「さあ――飯の時間は終わりだよ!
鋭敏な嗅覚と聴覚を頼りに、コナが駆け出す。
その後に屈強な男の
それに並走するのは、狼に騎乗した女の
彼女達を指揮するのは副官であるカトゥーラ。弓矢を主体とし、機動力を生かして敵を攪乱するのが仕事の遊撃部隊である。
コナが突撃し、カトゥーラが脇から仕留めに掛かる。
いつもの戦法。
それはつまり、常に負け続けた戦法という事だが、しかしそんなことを気にする者はいない。そもそも
(チッ……別に、怖気づいた訳じゃないわよ)
苛々と、心中にて吐き捨てるカトゥーラ。
狼の疾走は速い。背の半ばまで伸びる青みがかった色の長い黒髪が、後ろに流れて軌跡を描く。風を感じるのが心地良い。
カトゥーラは、背中の弓を手に取った。
慣れた動作で前方に構え、矢筒から矢を引き抜く。
手入れされた森林に死角は少ない。それでも射撃を行う場合、多大な障害となる。狼の背中に乗って移動しながらともなれば猶のこと。しかしカトゥーラは、これまで一度も外したことはない。
百発百中を誇る魔弓の射手。
彼女には、自分が
無表情に、無感情に。いつものように、限界まで矢を引き絞る。
コナ達が
幸い、敵は襲撃に気づいていない。それも当然。如何に人の手が入っていようと、森の中で
(ただ、アンタ。自分で気付いているのかどうかは知らないけど。
指を放す。弦が弾け、矢が射られる。
戦争の火蓋が切って落とされる。
振るわれる剣。爪。斧。鎌。
血飛沫が飛び散る地獄絵図。
勝とうが負けようが、誰が死のうが生き延びようが。
早晩、
対する
人間の命令のままに、命を投げ出して戦う人形達。それが
戦いは終わらない。―――今は、まだ。
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