第二十六話 帰還
迷宮の中を一気に駆け抜け、外へ出る。
外気が全身を包む。途端にモニカは呼吸が詰まったように錯覚し、無意識に胸を
(なんか、息苦しいな……。今まではこっちの方が普通だったはずなのに。やっぱり、あそこは特別なんだ)
迷宮の外は魔素が薄い。
元来、
魔素依存度が低いとはいえ、ある程度の影響は免れない。
それでも身体の調子は良かった。
気分が高揚している。かつてないほど元気で
首に下げていたゴーグルを装着し、意気揚々とモニカが叫ぶ。
「よし! 行くぞ、アーズィヴァ――って、うわぁ!?」
主の号令に従い、狼竜は身を屈めて力を溜める。そして大きく跳び上がった。
辺りに生えている背の高い針葉樹を軽々と越える。
更に翼を広げ、空を翔んだ。
生物が羽ばたくことで飛翔する場合、最低でも体躯の倍以上の面積を有する翼が必要になる。しかしアーズィヴァの翅はそこまで大きくはない。それでも現実として飛行が叶っているのは、偏に魔素の力だ。
体内の魔素を消費することで浮力を発生させ、飛翔する。
「お前、飛べるようになったのか!? あははははは、すごいな!」
天空を舞う狼竜の背に跨り、地上を見下ろす。
興奮する。興奮し過ぎて、夢でも見ているんじゃないかと、モニカは思う。魔王と出逢い、力を与えられ、自由に空を飛ぶだなんて――まるで
「このまま姉さんたちの所まで急ごう! みんな腹を空かせてるから、きっと喜ぶ――って、わ、ちょっと! 早過ぎだアーズィヴァ!」
羽ばたき、加速する狼竜。とんでもない勢いと風圧に押され、モニカは慌てて手綱を強く握り締めた。
第2鉱山山脈の上層。
高度と速度を落とし、穏やかに着地する。
辺りの
「姉さん!」
姉であるパーピュラシナの姿を発見し、モニカは慌ててアーズィヴァの背中から飛び降りた。
パーピュラシナは目を丸くしてモニカを見ている。
彼女の左腕には一羽の黒い鳥が留まっていた。
「モニカ、なの……?」
「そうだよ姉さん、妹のマターラ・モニカだ! それで、あっちはアーズィヴァ! 信じられないかも知れないけどさ、見ての通り、あたしもあいつも生まれ変わったんだ! 新しい創造主――魔王様の御力でね!」
装着したゴーグルを上げ、その場でくるりと回ってみせる。
見た目に変化はないが、確かに少し前までのモニカとは別人のようだ。見るからに生き生きとした活力が漲っていて、それ以上に、何か――生物としての格や次元が異なっているように思えてならない。
「魔王様……?」
「そう! この間の地震で潰れた坑道にでっかい遺跡みたいなのがあったんだ。そこが魔王様のいる迷宮だった! きっと、あの人はあたし達
きらきらと目を輝かせて、モニカはアーズィヴァに積んでいた袋を下ろした。そして中の肉を仲間達に見せる。
大量の御馳走を目にし、
唯一、パーピュラシナだけが神妙な顔をしている。彼女は腕に留まっていた
「……そう。ひとまず、そのお肉は皆で分けましょう。それから、モニカは向こうで詳しい話を聞かせてちょうだい」
パーピュラシナは踵を返し、当てがわれた小屋へ向かう。
何処となく有無を言わせぬ雰囲気を感じ取りモニカは内心で首を傾げるが、それでなくとも断る理由は特にない。モニカは姉の後を追い、仮設の家屋へ入った。
寝台に腰掛け、話すよう促すパーピュラシナ。
モニカは身振り手振りを駆使して、迷宮で体験した出来事を語った。
騎士と天使をいとも簡単に倒した戦闘力。
そして、魔物を生み出し使役する権能。
「……なるほど、ね。大まかな事情は理解したわ。私も、その新しい創造主――魔王様だったかしら――に賭けてみる価値はあると思う。出来るだけ急いで準備をして、私達はその迷宮に行ってみるわ。―――モニカ。貴方はどうすべきか、分かっているわね?」
パーピュラシナの問い掛けに、モニカは力強く頷いた。
「ああ! あたしは、アーズィヴァと一緒に母さん達の所へ行く」
モニカとパーピュラシナの母は、
彼女達は勝ち目がないことを承知で戦いに臨んでいる。
直ぐにでも救援に向かわなければならない。以前のモニカであれば足手まといだったが、今なら―――
「―――モニカ」
寝台に腰掛けたパーピュラシナが、手招きをする。
特に疑問に思うこともなくモニカは近付いた。そんな人懐っこい妹に――パーピュラシナは、張り手を叩き込んだ。
―――パァン!
果実が破裂したみたいな音が響く。
突然の暴挙に目を白黒させるモニカ。そんな彼女を、パーピュラシナは厳しくも優しい眼差しで睨めていた。
「少しは目が醒めた?」
「な、なにがだよ!?」
「―――貴方は、自分のせいで二人の戦士を死なせてしまったのよ」
「……あ」
その言葉は、稲妻のようにモニカの脳を打ちのめした。
パーピュラシナは淡々と告げる。
「力を手にして浮ついてしまうのは分かるわ。食糧を手に入れて戻ってきてくれたことにも感謝してる。でも――貴方の判断は、
「…………」
反論できない。モニカは歯を噛み締めて俯く。
有頂天から転がり落ち、浮ついた熱に火照っていた頭が急速に冷めていくのをモニカは自覚した。
自分を生かすために死んだ二人。ケントとイカトゥ。大切な戦友。
新しい創造主の到来と、彼から与えられた力と救済。それにばかり気を取られて、二人の死を忘れていた。無意識に目を逸らし、見ないようにしていた。なんて無様な醜態。あまりにも恥知らずだと、モニカは己を痛罵する。
「あたし……ほんと、馬鹿だ……」
打ち拉がれ、力無く呻く。
パーピュラシナは、そんなモニカの顔に両手を添えた。そしてしっかりと前を向かせて、目を合わせて諭す。
「……二人の遺体は私達で埋葬するわ。貴方は、帰ってきた時に、彼等の墓前で善い報告ができるようしっかり努めなさい。
激励を受けて、モニカは力強く頷いた。
その表情に暗いものはもう微塵もない。気高い戦士の貌で、モニカは固く拳を握り締める。
二人の死を無意味なものにしない為に。
そして、生きる為に。
「もう大丈夫ね。私達は準備ができ次第、迷宮へ出発するわ。
「―――はいッ!」
力強く答え、モニカは颯爽と駆け出した。
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