第十九話 女騎士の敗北 2

「〈喇叭ラッパ〉持ち、構え―――!」


 マジパナの号令に従い、を携えた五体の人造人ホムンクルスが天使の前で隊列を組む。

 片膝を突いた姿勢で、手にしたソレを構える。

 その先端は、全て魔王に向けられていた。


《“Ah―――――”》


 天使が謳う。


 広げられた鋼の翼――羽毛の一つ一つが擦れ、火花を散らす。幾条もの青白い輝きが大気を焼いた。

 天使の胸部に備えられた石英クォーツが発光し、奇跡の御業を発現する。


 天使が聖なる雷槌いかづちを放つ。


 五条の稲妻は、魔王――ではなく。人造人ホムンクルス達が持つを撃ち貫いた。

 当然、狙いを誤ったのではない。

〈喇叭〉と称されるそれは、同名の楽器と似た形をしているが、しかし楽器ではない。〈太陽〉や人造人ホムンクルスの製造技術と同じく、天使からもたらされたモノだった。

 それは紛れもなく、この世界における最大の武力。楽器などではなく、最強の威力と最高の射程を併せ持つ、歴とした武器なのだ。

 その仕組みは単純にして明快。天使が放った電撃を充電器バッテリーに蓄え、強力な磁場を形成。それによって生じる反発力によって内部に装填された金属片を射出する――つまりは、電磁投射器レールガンである。


「―――――」


 魔王は動かない。だらりと腕を下げた姿勢のまま、不動。

 ただし、その背面はその限りではない。彼の背腰の辺り――コートの下から、鳥の尾翼を思わせる器官が甲高い金属音と共に生えていた。


「撃て!」


 号令と同時、人造人ホムンクルス達が一斉に歌口マウスピースを吹いた。


〈喇叭〉に引鉄はない。

 金管楽器トランペットさながらに三つの活塞バルブを操作して出力を調整し、射手が息を吹き込むことで発射機構が作動する。敵に死を告げる終末の音が鳴り響くのに連動して、装填された弾丸が強烈な磁界の反発力によって音速を越えて撃ち出されるのだ。

 その威力は絶大。

 単純な質量と速力もさることながら。旋条ライフリングによって横回転のモーメントを加えられた弾丸は、高い貫通力を発揮する。食屍鬼グール吸血鬼ヴァンパイアが建てる木や石造りの家屋であれば十分に貫けるし、人間が構築した鉄筋コンクリートの砦とて撃ち抜けはせずとも掘り砕くことが可能だった。


 更に弾の材質は高純度の銀。

 吸血鬼ヴァンパイアを筆頭として、闇の眷属ナイトウォーカーの弱点となる物質である。


 相手がどのような怪物であれ。

 むしろ怪物であるのなら、十分に殺傷せしめられる。


 ―――筈、なのだが。


「なん、ですって……!?」


 目を見開き、愕然と呟くマジパナ。


 放たれた弾丸は、その全てが弾き落とされていた。

 泰然と構える魔王の左右で、二本ずつ、巨大な黒い剣が揺れている。


 それは魔王の尾翼であり、尻尾であった。


 構造と機能は蠍の尾に近いだろうか。鉄塊の如き大振りの刃金が、昆虫の節足を思わせる金属で出来た無数の節で支えられている。その根元は魔王の背腰に繋がっていた。それはまさに猛禽の尾翼であり、獅子の尻尾だった。


 その剣の尾が、発射された五発もの弾丸を防いだのだ。


 この事態には、マジパナはおろか、モニカ、そして人造人ホムンクルス達ですら呆気に取られてしまっている。


「―――――ふむ」


 思案気に鉄仮面の顎を撫で、魔王はここにきてようやく攻勢に転じる。

 とはいっても、攻撃と呼べるほどの意志は宿っていない。

 精々が虫を払う程度の感情しか乗っていない動作。しかしそれだけで事足りた。


 魔王と人造人ホムンクルス達の間には五十歩以上の距離がある。その距離分、尾が伸びた。触手じみた挙動で振るわれた分厚い刃が、人造人ホムンクルス達が持つ長筒を容易く斬断する。


 呆気に取られる敵勢力に向けて、魔王は告げる。


「お前達に問う。吾輩の旗下に加わりたいと望む者がいるならば、直ちに申し出よ。然すれば我が同胞として迎え入れよう」


「なっ!?」

「はあっ!?」


 あまりにも傲岸不遜な提案に、モニカとマジパナが揃って目を剥く。しかし、当の人造人ホムンクルス達に反応はない。


「ば、馬鹿なことを! お前達、あの男を殺しなさい! 今すぐにッ!」


 折れた剣を振り回し、マジパナがげきを飛ばす。それに従い、人造人ホムンクルス達は突撃した。


 戦斧ハルバードを構えて迫り来る二体。

 両断された〈喇叭〉を振り上げて襲い来る五体。


 その全てを、黒い剣尾が迎え撃つ。


 七体の人造人ホムンクルスは、一瞬にして七つの肉塊になった。


「憐れだな」


 黒い剣尾の節を縮め、コートの下に格納する。明らかにコートの下に納まる質量ではなかったが、奇術の如く綺麗に消えた。


《“Ah―――――”》


 天使が電撃を放つ。

 最大出力で撃ち出された雷は、この世の万物を焼き砕く天の鉄槌だ。どんなに強靭な生き物であれ、直撃すれば命はない。

 しかし魔王は、それを、虫でも払うように軽く片手を振っただけで掻き消してしまった。


 そして魔王は一歩踏み込む。瞬間――その姿が、掻き消えた。


 凄まじい敏捷性で、魔王は天使の目の前にまで接近する。

 そして天使の胸部目掛けて、左手の鉤爪を突き込んだ。

 天使は球形の光の防壁を展開するが、硝子細工も同然に一瞬で突き破られる。

 放たれた貫き手が、天使の胸部に埋め込まれた巨大な球形の石英クォーツ――動力源にして、存在の顕在化の要たるコアを穿つ。


《“――――GYAAAAAAAAAHHHH!”》


 甲高く、割れ響く歌のような。

 凄まじい断末魔を上げて、天使が絶命した。


 内部から突き破るような形で、鋼鉄の像の全身が藍色の法衣諸共に蒼い結晶のような物質へ変貌する。

 それは瞬く間に砂のように崩れ落ち、更に解け、結晶と同色の粒子となって拡散・消滅した。


「……か、勝った? あの天使をやっつけた!?」


 モニカが喜色ばんで歓声を上げる。


 その一方で、マジパナは力なく俯いていた。

 剣は折れ、殴打されたダメージで身体が痺れて立ち上がることすらできない。現実を認められず、わなわなと震えている。天使が死ぬなど有り得ない。自分が負けるなど有り得ない。そんなことしか頭に浮かばない。


「―――さて。それで、お前はどうする」


 魔王の声にハッとして、マジパナは顔を上げる。


 魔王が水を向けたのは女騎士ではない。最後に残った非戦闘用の人造人ホムンクルスだった。


「……ッ! お前、そこで何をしているの!? 早くこの男を殺しなさいッ!」


 如何にも苛立たし気に、ヒステリックに叫ぶ。

 対して、三つ編みの人造人ホムンクルスは首を傾げるのみだった。


「私は非戦闘用の人造人ホムンクルスなのですが」

「だからなんだというの! 早くしなさいッ!」


 兵を預かる指揮官として有り得ない命令だった。今のマジパナは、明らかに冷静ではない。普段の彼女とは様子を異にしている。


 それでも命令には従わねばならないのが人造人ホムンクルスの定めだ。


 三つ編みの人造人ホムンクルスはランプを振り被って、魔王に殴り掛かる。

 魔王は人造人ホムンクルスの手を掴み、捻り上げて拘束した。

 人造人ホムンクルスは拘束から抜け出そうと身動ぎするが、びくともしないのを確認して、冷静に上官へ現状を報告する。


「申し訳ありません。捕まってしまいました」

「この役立たずッ!」


 女騎士が発した罵倒は、悲鳴そのものだった。

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