第二十話 願い
「万策、尽きたようだな」
―――パチン
魔王が指を鳴らす。
それを合図にして、
現れたのは、小さな人影だった。
背丈は人間の子供程度。しかしそれでいて成体。
痩せた貧相な体躯に、青白い皮膚。耳は長く尖り、額には小さな角が二本。耳元まで裂けた大きな口には、鋭い牙がずらりと並んでいる。ぎょろぎょろと忙しなく動く小さな目玉には、山羊を思わせる横長の瞳孔。鼻は大きく出っ張っており、鼻孔が目立っていた。
醜い。
その一方で、着ている服は異常に上等だ。上下共に、そのまま舞踏会にでも出席できる洒脱な黒い礼服を纏っている。そして頭にはシルクハットを被っていた。
魔物である。
名を〈
忠実なる魔王の
彼等は玉座の間に入って来るや、醜悪な容貌に反した上品な佇まいで魔王の許まで歩み寄り、揃って帽子を取り恭しく一礼する。その様はまさしく非の打ちどころのない紳士そのものであった。
そして彼等はモニカにも会釈し、フレンドリーに微笑みかけた。
「あっ、どうも」
釣られて目礼するモニカ。
そんな彼等の様子に一切の関心を示さず、魔王は感情のない声で淡々と告げる。
「お前達。あの女を連れて行け」
魔物にとって魔王の命令は絶対だ。
再び帽子を取って礼をし、了解の意を示す。そして背後の壁際に座り込んだ女騎士を見やり――ニヤリと、下卑た笑みを浮かべた。
「ひっ―――――」
女騎士の穢れを知らない白い肌が、
にやにやと厭らしい笑みを浮かべて、ゴブリンはゆっくりとマジパナに近付く。
「い、いや……やめて、こないで……っ! ―――! このぉ……! 汚い雄の手で私に触らないで! 放してッ! 放しなさいッ!」
マジパナは目尻に涙すら浮かべて懇願するが、しかしそんなものは魔物の劣情を煽るだけだ。
ゴブリン達は四匹で女騎士の四肢を掴み、持ち上げると、嫌がる彼女を連行する。
彼女が運ばれていくのを見届けると、残った最後の一匹は、最後にもう一度恭しく魔王に一礼して、玉座の間を去って行った。
「さて、こんなところか」
魔王は
最初から鉤爪など存在しなかったかのように、彼の左手は白い手袋にぴったりと収まる。
踵を返し、魔王は絨毯の上を歩く。
王者に相応しい威風堂々とした佇まい。彼は突っ立ったまま呆けているモニカの横を通り、玉座の下へ向かった。そして無駄のない仕草で座り込み、尊大に足を組んで肘掛けに頬杖を突く。
「待たせたな、客人よ」
不意に声を掛けられ、モニカは跳び上がった。
「きゃっ、客人って、あたしのこと!? ぃ、いやっ、あ、あの……あたしは……」
「そう緊張することはない。楽にせよ」
「は、はい……!」
そう言われても、モニカはガチガチに緊張したままだ。
「改めて問おう。
「あ、あたしは……貴方に、お願いが……―――いえ、それよりも前に、お尋ねしたいことが……あるのですが……ええと、その……」
目を泳がせ、口篭もる。
モニカは俯いて黙り込んだ。けれど魔王は咎めない。ただ青黒い色硝子のレンズの奥から、視線を注いでいる。
やがてモニカは意を決し、顔を上げた。
「魔王様――貴方は、あたし達の創造主ですか!?」
「違う」
「―――って、あれ!? えええええぇ!?」
「吾輩はお前達、
「いっ、いや、でも……貴方は魔王様……なんですよね……?」
「如何にも。吾輩は魔王だ。魔なる物の王であり、創造主である。しかし今の吾輩の配下は、〈
「そ、そんな……! それじゃあ、貴方はあたし達
悲鳴に近い声音でモニカが叫ぶ。対して、魔王は冷然と返した。
「そんな事を言った覚えはない。吾輩にはお前達、
「……? それは、どういう?」
首を傾げるモニカ。
飲み込みの悪い彼女に苛立ったり、逆に嘆いたりする様子もなく。魔王は頬杖を突いた不動の姿勢のままで言う。
「端的に言えば、だ。もしお前達
「―――……!」
魔王の言わんとすることを理解し、モニカはぎょっと目を見開く。
彼女は悩まし気に視線を彷徨わせる。しかしそれも長くは続かなかった。揺れる視界が足元に蹲る相棒の狼の姿を映した瞬間、モニカは自らの頬を叩いて決意を固める。
モニカはその場に跪いた。
そして頭を垂れて、懇願する。
「……種をどうこうする決断は、あたしにはできません。あたしは未熟者で、族長でもないから……。でも……! あたしは――あたしとこのサラハヴァは、魔王様の旗下に加わります! いえ、どうかあたし達を仲間にして下さい! 必ずお役に立ちます! ですから、どうか! お願いします!」
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