第十話 魔物を造ろう! 2
「―――ゴブリン! ゴブリン、ゴブリン! ああ、なんと素敵な響きなのでしょう! 胸が高鳴るであります! この名前を聞いただけで、勃起した全裸の小鬼の大群が
恋する乙女のように頬に朱を散らし、うっとりとした様子でBBが御高説を垂れる。実に嬉しそうだ。
頭の病気を
名前はどうしようかな。
どうせなら〈
そして先程もBBが言っていたように、
と、くれば……―――
* * *
《名称:〈
魔素依存度:
【能力値】
力: /魔: /耐: /知: /速: /運:
【概 要】
人型の魔物。青白い皮膚を持ち、耳は長く尖り、額には短い角が二本ある。夜目が利く。種族的特徴として全体的に小柄であり、成体となっても人間の子供程度の大きさにしかならない。雌は存在せず、雄のみ。あらゆる生物の雌と生殖が可能であり、産まれる子は全て〈
力が弱いものの俊敏で、社会性が高く、組織だった行動が得意。基本的には十体以上から成る群れを作って活動する習性を持つ。
手先が器用で武具の作成や取り扱いに長ける。また服飾に関しては強い拘りを持ち、常にきっちりと背広を着こなしシルクハットを被る変態紳士。体液には排卵を促す効果があり―――》
* * *
―――まあ、ひとまずはこんな所か。
するとBBは身を乗り出して書かれたデータを読み込み、興味深げに頷いた。
「ふむ、なるほど。しっかりとゴブリンのゴブリンたるセオリーを押さえつつ、それでいてオリジナル要素を盛り込むことで既存のものとの差別化を図りましたか。名前は『紳士』を意味する『Gentleman』と、『洒落』を意味する『Humor』を組み合わせた造語――いえ、鞄語でありますね。この分だとモチーフにイカレ帽子屋を含んでいるのでありましょうか。どうやらマスターは筋金入りの
「一度目を通しただけで、どうしてそこまで分かるんだ……?」
嬉しいような、苛立たしいような。複雑な気持ちだった。
「―――です、がッ!」
急に眼を見開いて身を乗り出してくるBB。怖い。
「このままでも十分に素晴らしい、良い魔物なのですが。私としてはもう一捻り欲しいと思うのであります。具体的に言いますと―――女だけでなく、男も孕ませられるようにしませんか?」
「お前は何を言ってるんだ?????」
本気で意味が分からなかった。
言葉はきちんと聞こえているが、脳が理解することを拒否している。
そんなこちらの反応は織り込み済みだったのだろう、BBはニヤリと猫のような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「フフフ、『子供を産むのは女の役目』――などというのは、旧態依然とした古い価値観ですよ、マスター。固定観念に囚われてはいけません。なにせ彼のアー○ルド・シュ○ルツネッガー氏も妊娠・出産を成し遂げているのですから! 男が子供を産むのなんて、至極、当然のことであります!」
「それはコメディ映画の話だろう……!」
「まあ、それはそうなのですが。―――です、が! そんなことは重要ではありません! 我等が迷宮の力を以ってすれば可能です! 仕組み自体も簡単ですよッ!」
いいですか、と置いて、BBは無駄に熱意溢れる口調で語る。
「まずゴブリンを両性花のような、変則的な雌雄同体として設計するのであります。体内で精子だけでなく卵子をも製造し、自力で受精卵を用意する訳です。そして性交によって女性の子宮、または男性の直腸に受精卵を植え付けます。
植え付けられた受精卵は内臓に着床し、胎盤を形成。あとは通常の妊娠と同じです。
「ふむ……」
言っていることはとんでもないが、一考の余地はありそうだ。
「フフン、どうです? この方式なら通常では妊娠できない男だけでなく、生殖能力を持たない
「……なるほど。それは良いアイデアだ。最初にお前が言った両性花のシステムを応用すれば、伝染病の類にも対応できる。意外に悪くないな」
「そうでしょう、そうでしょう! では、正式にこの案で決定ということで―――」
「いや、あくまで採用するのは受精卵を植え付ける部分だけだ。苗床は女に限定する。男は駄目だ。摂理に反する」
「ファ―――――ック!!」
頭を振って却下すると、BBは顔中の血管を隆起させた、凄まじいキレ顔で両手の中指を突き立てた。
だがこればかりは俺も譲れない。
俺達がこれから行うのは――というか現在進行形で行っているのは――間違いなく非道だが、だからこそ超えてはならない一線があると思う。深淵を覗くことはしても、堕ちてしまってはいけない。
人間の男といえば労働力の代表だ。
力が強くそれなりに頑丈で、学習能力に富み、大抵のことは命令通りにこなせる。それを戦力としても労働力としてもそこまで期待できず、その上知性も低い魔物を増やすために浪費するなど、幾ら何でも道理に合わない。あまりにも非合理的過ぎだ。
それに、直腸に着床するというのも頂けない。
性別ではなく、生物としての構造上の問題なのだ。魔物の子は大丈夫かもしれないが、間違いなく母体の側が持たないだろう。内臓に掛かる負荷や排泄の阻害による毒素の汚染などによって、妊娠中に死亡する可能性が極めて高い。そして、そうなれば自然と腹の魔物も道連れだ。本末転倒にも程がある。
……まあ、敵の士気を下げる効果はあるだろうが、それも悪趣味に極振りすればいいというものではない。困惑、ないしはただドン引きされるだけ、という可能性も十分に有り得るのだから猶更だ。
というか――俺が考えている今後のプランを鑑みると、むしろ味方の士気を著しく損なう結果になりかねない。
「なぜでありますか!? 今は多様性の時代でありますよ!? いいではないですか、男性がママになっても!!」
「……言い方が悪かった。そこは認める。だが、色々と非効率なのは事実だろう」
「そんなものはどうとでもなるであります! マスターは分かっておられません!
いいですか!? 屈強な男性が醜い魔物に嬲られ、苦痛と屈辱の果てに子を孕み、出産するのですよ!? 当然、男は日に日に大きくなっていく腹に恐怖し、自分を犯した魔物を憎悪し、産まれた我が子を嫌悪するでしょう! しかし――しかしですよ! 子を忌々しく思いながらも、育てていく内に少しずつ絆されて愛着が芽生え、父性の中に小さな母性が出現し、それは日に日に肥大化して――やがて憑き物が落ちたようにぎこちなくも自然に、父親として、そして母親として、自らの子と触れ合う日々を送るのです! それからなんやかんやあって一人と一匹の間には家族としての確かな親愛の情が―――」
「なんやかんやってなんですか?」
「―――なんやかんやはなんやかんやでありますッ! とにかく、そういうシチュエーションでしか得られない栄養があるのであります! 分かりませんか、この無限の可能性を秘めたエネルギーがッ!」
「わからないです」
「ぐぬぬ……なんて頑迷な人なのでしょう……ッッッ! いいですかマスター! そもそも、そもそもですよ? よく考えてみてください! 『肛門は一体何のために存在するのか』――それは、掘るためでしょう!?」
「それだけは違うと断言できるな」
「ムキ―――! ファ―――――ック!!」
再び、迫真の痛罵が炸裂した。
その後――提案を拒否した俺に対し、BBは散々に罵倒し、かと思えば次に宥めすかし、最後には泣きながら縋り付いてきた。それほどまでに執着する熱意が理解できない。
性癖は十人十色とはいえ、流石にちょっと引く。
……まあ、
結局、今回はBBの方が折れた。
如何にも
「はぁぁあああ……仕方がないですね。今回は私が妥協すると致しましょう。では、設定の方はこれで概ね完成ということでよろしいでありますか?」
「ああ」
「承りました。―――それでは! 気分を切り替えて、お待ちかねのダイスロールといきましょう!」
一瞬にしてテンションを取り戻したBBが、ひらりと右手を閃かせる。
広げられた小さな掌の中には、三つの黒いサイコロがあった。
一つは一般に広く知られる六面のもの。残りの二つは面が四つ多い特殊な代物だ。
十面体の表面には、〇から九を表す文字が刻まれている。ちなみに二個ある内の一方は一の位を、もう一方は十の位を指すものだ。
―――魔物を作成する場合、その大まかなステータスはダイスの出目で決定される。
とはいっても基本的にはランダムだ。
六面ダイス一個――こちらの出目によって大まかな成功率が決定する。
十面ダイス二個――これによって表される出目の一から百の数字を大きく四段階に区切り、出た数値がロール毎に決められる成功率の範囲内であれば、こちらの要望を反映したステータスとなる仕組みなのである。
ちなみに、一から五が出れば
「ダイスロール!」
三つのダイスが振るわれる。
卓上に着地し、障害物にぶつかりながらころころと暴れるサイコロ。器用なことに、そのいずれもが丁度俺の手前で停止した。
六面ダイスの数字は――六。
十面ダイスの数字は――八十九。
六が出たので成功率は七十五パーセント。
高い数値だが、しかし十面ダイスの出目が悪く、完膚なきまでに失敗。作成される魔物のステータスは低いものとなるが、まあゴブリンなので問題はない。
兎にも角にも、ダイスロールは済んだ。
早速、
* * *
《名称:〈
魔素依存度:低
【能力値】
力:D/魔:D/耐:E/知:D/速:B/運:E》
* * *
―――うむ。
出目はあまり良くなかったが、概ね希望した通りのステータスだ。個体としては強力ではない雑魚だが、ゴブリンなのでその辺りは別に問題ない。むしろそこが良い。だってゴブリンだから。
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