第九話 魔物を造ろう! 1

 次に、改めてこちらの戦力を確認しよう。


「BB、魔物図鑑アーカイブを出してくれ」

了解イエス。どうぞ、お受け取り下さい」


 さっと差し出された薄い本を受け取り、開く。分厚い表紙に反してページ数は異様に少なく、目次に書かれた項目は一つしかなかった。

 用をなさない目次は無視し、さっさと該当のページを開く。


 * * *


《名称:〈死体デ遊ブ胤液クラフティ・ハンプティ

 役割クラス歩兵ポーン

 階級ランク一ツ星

 魔素依存度:極低

【能力値】

 力:E/魔:E/耐:E/知:A/速:D/運:A

【概要】

 割砕卵ハンプティ・ダンプティ種の魔物。

 卵型の魔物。闇の中で獲物を誘き寄せるため淡く発光する殻を有し、その内部にスライム状の青白い粘液の体と、目玉と脳が一体になった核を持つ。

 殻を割った生物の体内に侵入、神経を乗っ取って寄生し奴隷に変える生態を持ち、死体となった宿主の内部に発生した菌類を分解することで自らの栄養にする。基本的に生殖活動は行わず、無性生殖で子株を増やす。通常の魔物と同様に酸素ではなく魔素を体内に吸入することによって新陳代謝を行っており―――》


 * * *


 開いたページの頭には簡素なステータス表が記載されており、それ以降は魔物の生態に関する情報データが図解を交えて綿密に記載されていた。


 これは俺が一から造り上げた魔物だ。


 一定以上の大きさの動物の体内に寄生し、運動中枢を乗っ取ることで対象を傀儡くぐつに変える生態を有する。適当に置いておくだけで勝手に生息範囲を広げ、数を増やす過程で敵戦力の減少及び自陣戦力の増強を図ることができる。まさに一石二鳥な魔物であった。

 基本的には無性生殖で子株を増やすが、疫病などが発生した場合には有性生殖を行い対処する。これならそう簡単に滅びはしまい。

 病に強く、繁殖力があり、悍ましい生態は敵の士気をくじき戦意を削ぐ効果が期待できる。今後は当迷宮の基本戦力として運用していくことになるだろう。

 なんていったってスライムだし。

 やはり最初の魔物といえばスライムだ。定石は外せないよな、うん。


「……迷宮管理人ダンジョンマスターが魔物を創造する際、神話や英雄譚などを再現しようと試みる輩は一定数存在するものですが。さて、割砕卵ハンプティ・ダンプティといえば――なるほど、モチーフは童話アリスですか。些か少女趣味というか、あるいは悪趣味というべきか。それとも何らかの異常性癖を疑った方がよろしいのでしょうか。判断に悩むであります」

「…………放っておいてくれ……」


 指先を顎に添え、小首を傾げるBB。

 それに対して俺は投げやりに頷いた。


 魔物は迷宮管理人オレ迷宮案内人かのじょの合議制によって作成される。


 俺が「こういう魔物を造りたい」と提案し、それを基に基本的且つ具体的な情報データを作成。あとはひたすら根気よく設定の細部を煮詰めていき、完成すれば迷宮核ダンジョン・コアを触媒に魔物の錬成を行う――というのが大まかな流れだ。


 先程の〈死体デ遊ブ胤液クラフティ・ハンプティ〉のように、出来上がったモノは既存の生物の規格から逸脱したものになる。

 当然、そんな生き物は自然界では生きられない。〈匣庭〉の環境や自然法則はその世界毎によって様々だろうが、少なくとも俺が持つ生物学的な常識から乖離かいりしているのは間違いない。


 そんな魔物を歴とした生物たらしめているのは、我等が〈倫理のない世界〉特製の魔導技術によって生成される、半エネルギー状の不思議元素・魔素の力だ。


 魔素とは、魔物にとっての酸素に等しいのだという。


 吸収すれば細胞のエネルギー源となり、体内に蓄えられる。そうして肉体に蓄積された魔素は魔力となり、何らかの超常現象を起こす触媒として使用できるのだ。

 その反応自体は、物体が酸化すると熱を持ち、発火したりするのと根本的な部分は変わらない。ただ単に酸素よりも格段に使用用途が多く広いのだと考えれば分かり易いだろうか。


 ちなみに、その魔素は迷宮核ダンジョン・コアによって無尽蔵に生成される。


 ……無論、一度に生成される量に限りはあるのだが。


「さて――戦力を増強されたい、とのことですが。新しく魔物を錬成しますか、マスター?」


 BBの問いに頷きを返す。


「試したいことがない訳ではないが、それよりもまずは足場を固めたい。最低でもあと一種類、歩兵ポーンクラスの魔物を用意しておきたいのだが」

「了解であります。それではこちらをどうぞ」


 身を乗り出し、卓越しに魔物図鑑アーカイブのページをめくる。すると、さっきまでは存在しなかった二ページ目――空のステータス項目が記載された、白紙のシートが現れた。


 さて、ここに新しく作りたい魔物のデータを入力していかなければならない訳だが……。


「…………」


「どうかなさいましたか? もし案が浮かばないようであれば、こちらから何かしらアイデアをご提案差し上げることも可能でありますが」

「いや、案はある。ただ……なんというか、な……」


 我ながら実に歯切れが悪い。

 BBは不思議そうに首を傾げているが、そもそも俺が発言を躊躇ためらっているのはこいつが原因なのだ。絶対に鬱陶しいことになるという確信がある。


 しかし、このまま黙っている訳にもいかない。


 俺は意を決して、口を開いた。


「…………その……ゴブリンを……」


 瞬間――BBは両目をきらきらと輝かせ、実に嬉しそうに破顔した。

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