第11話 大団円
現場の惨状は現場監督のエリックも目にしていた。トンネルに向かって突進してきた列車は、トンネルの二十メートル手前で脱線していた。ニャーマトゥも無惨な外観をさらしている。たくさんの野獣の集合体であるニャーマトゥの体は、すでに巨大な野獣が何百トンもの鉄の車輪で踏みにじられて、見る影もない。その上、残骸のあちこちに燃料が残っており、放っておくとやがてそれらが発火するのは明らかだった。
その残骸の近くにはアランとティムがいた。ティムは依然として素っ裸のままで、あちこちに軽いけがはあるものの、大きな負傷はない。マギーは勢いよくその場に飛び込むと自分の子供のようにギューッと抱きしめて、熱い抱擁を交わした。
「やれやれ」アランはその抱擁を見つめて嬉しそうに言った。「これだけの苦労して、アフリカの邪神を倒したんだ。。いや、本当に倒したのはティムだが」
「そんなことはないわ」マギーは彼の腕を抱きしめて言った。「あなたもかっこよかった」
その時、ぼうっという火の手が脱線した列車の方で上がった。野獣の死骸が何十匹分もいっぺんに燃え上がる。たちまち炎が飛び火する。これではもはやなすすべはない。
「さすがにニャーマトゥもこれで終わりだろう」
その時、アランの姿が薄れ始めた。
「アラン!」
思わずマギーの手が伸びる。
「ああ、こうなることは予想はしていたよ」アランはすんなりと事実を受け入れた。「ニャーマトゥが死んじまえば俺も消えるってことはな……。いやあ、ニャーマトゥを倒すためとはいえ、せっかく掘ったトンネルをめちゃくちゃにしちまったな」
「そんなことは気にするな」エリックは泣きそう顔をしていた。「みんな生きているならそれでいい」
「そうか。そうだな……」アランの顔は晴れ晴れとしていた。その顔は薄れかけ、消えようとしている。「ああ、マギーとまた会えたのは嬉しいな。ニャーマトゥのやったことのなかで、唯一のいいことだ。ああ、せめて一言だけは言いたかった……」
「何?」彼女は感極まって泣き出していた。
「俺に操を立てることはない。どこかにいい男を見つけて、そいつと……」
それっきりアランは消えた。
マギーはそれを見送った。彼女のすすり泣きはいつまでも続いた。
ニャーマトゥがいなくなったので、去っていた作業員たちはまた戻ってきた。作業の遅れ取り戻すために働かなくてはならない。活気を取り戻した彼らは、また日常の業務に戻って行った。ニャーマトゥとの衝突や炎上事故で失われた列車や線路、そして新しいトンネルを掘る仕事……やらねばならない仕事はたくさんある。
そしてティムも野生の暮らしに戻ることになった。
「本当にいいの、あんな生活で」
マギーは別れを惜しんだ。短い暮らしだったが、ティムともう逢えないと思うと、寂しかった。
「そうですね。あなたとはまた会いたいです」ティムは晴れ晴れとした顔で言った。「でも、あなたよりもっと会いたい人がいるんです」
「誰?」
「女の子です。ディーとオランジュ」
「誰なの、その女の子たち?」
「さあ、分かりません」
「はあ?」
「分からないんです。何歳ぐらいなのか、白人か黒人かも」彼は自信たっぷりに言った。「でも、僕の人生に深くかかわってくるらしいんです。もしそうだったとしたら、僕と一緒にピンチに陥るのかもしれません。そうなる前に救いたいんです」
いかにもティムらしい発言に、マギーは笑った。彼はどこの誰かも知らない二人の女の子のために命を投げ出そうとしている!
そんな無茶な生き方はティム以外には決してできまい。それに気づいたマギーは、名前も知らない二人の少女にかすかな嫉妬心を覚えた。この数日の間に、私がティムをどれだけ愛したことか。
「いいわ。お行きなさい。でも、少なくとも死なないでね」
「はい!」
そう笑顔で言うと、ティムは地平線へと続く道を歩き出した。これから未来にどんな驚くべき道が待っているかも知らずに。
(終)
地平線から来た少年 山本弘 @hirorin015
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