第10話 一万分の一秒の死闘

 ごおおおおおーん…………。

 ティムはさっきからずっと聞こえていた低く不気味な音に気づいた。今、それが何かが分かった。機関車のエンジン音だ。非常にゆっくりと、しかし着実に大きくなってくる。

 ティムが思い浮かべたのは、アランの顔だった。彼はこの危険な任務に志願し、ニャーマトゥに体当たりするのを買って出てくれた。失敗すれば自分も命はない。しかし彼は笑って、「どっちにしても俺はとっくに死んでるのさ」と言った。それよりも

自分が失敗したらティムを殺してしまうことを恐れていた。「あの少年は、ここにいる誰よりも勇気がある。死なせるわけにはいかない」と。

 ニャーマトゥの時間操作能力がアランにも有効ならば、今この瞬間も、彼はゆっくりと動き続けていることになる。とすれば、ティムたちの目論見もすべてご破算なのか。ニャーマトゥを倒すことは誰にもできないのか。

 ティムは自分の動きに注目した。どうしても槍を握った右手に力がこめられない。彼の動きも遅くなっているが、なぜか神経の反射だけは遅くなっていないのだ。彼ばかりかビューボラも同じらしい。そう言えば、ビューボラの声も遅くなっていない。声は普段と同じように聞こえるのだ。そのあたりにニャーマトゥの秘密があるのかもしれない。

『どんな秘密?』ビューボラはくすくすと笑った。『あなたの頭の中はみんな分かるのよ、お父さまお母さま。何を考えてるのかもお見通し。もうとっくにあなたの考えなんか分かってのよ。ほうら、もうあなたのリンベなんか脱がしちゃったわ』

 ティムは自分の下半身の感覚からその通りだと感じた。リンベはすでに脱がされ、糸くずのようになって腰の周囲に漂っている。さらに彼が衝撃を受けたのは、自分がいつの間にか勃起していることだった。

『あらあ、自分のピマピマがもうバチャチャドゥッグしていることにも気付かなかったの?』ビューボラは高らかに笑った。『そうれ、いつでもあなたのピマピマを私のリマルベに突っ込めるわよ。それともあなたのリマルべに私のピマピマを入れるというのは? 私、どっちでもいけるわよ。二人でアピリクパパダズズカンパしてるってのは面白いんじゃない?』

『……どっちもいやだ!』ビューボラの露骨な挑発に、ティムは憤然と立ち向かった。『お前のような化物と愛のないギグギマガンバなんかしたくない!』

 ビューボラはさすがに機嫌を損ねたようだ。

『そんなに人間の愛がいいの? ディーやオランジュのような女と!』

 ティムは狼狽した。

『ディー? オランジュ? そんな女の人は知らないぞ』

『ああ、今はまだ知らないだろうさ。でもいつかは知ることになる。しかし私がそんな宿命を断ち切ってやる!』

 その時、ティムは列車の音がびっくりするほど大きくなっていることに気づいた。アランが運転する列車はもうすぐ近くまで来ているのだ。跳躍するのは今しかない。思い切って両足に力をこめる。しかし、足はまだ動き出さない。ティムはその動きに全力を集中した。

『お前は逃れられない! お父さまお母さま!』ビューボラは吠えた。『私がそんな宿命なんて断ち切ってみせる! そんな女にからみつく宿命も因縁も私の前では無力だ! 私が父であり母であると認めたのはお前だけなのだから!』

 と、ティムは自分を縛っていた宿命の力がほんの少し弱まるのを感じた。ニャーマトゥの影響力が少し弱まると同時に、手足が思うように動くようになってきた。今だ! ティムは全身の力を一点に集中した。

 ビューボラの体が遠ざかるにつれて、その影響力も弱まってきた。今、ティムはがっつりと槍を握り締めていた。

『お父さまお母さまああああっ!』ビューボラの悲痛な叫びがティムの耳に焼き付いた。『私は最後まで望みを捨てない! お父さまお母さまへの愛を一生懸命に貫いてみせるわ! ディーやオランジュなんかには負けないから!』

 その声はしだいに遠ざかり、小さくなっていった。

 気がつくとティムは高い距離まで飛ばされていた。凄まじい距離を一瞬で飛翔し、機関車の煙突から吐き出される煙の中を貫いて、石炭の山を突き破ってごろごろと転がった。もう少しで線路から落ちるというところで、間一髪、アランが手首をつかんでくれたんで助かった。

「もうちょっとだけ我慢してくれ!」アランが叫んだ。「ニャーマトゥには最後に一発をくれてやらにゃあならんからな!」

 その声が終わった途端に爆発音が響いた。アランはティムの手首を握ったままその爆発の中を走り抜けた。

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