ハッピールール

深川 七草

第1話 ハッピールール

 夜、明日の学校のための準備を終わらせた。

 新たな携帯へは、なんとか友達の登録を済ませた。手動で。

 まったく女子高生に対する配慮がない。登録する子としない子を分けるわけにはいかない女の子の事情を考えれば、電話帳ぐらいは通信する機能を残しておいて欲しいものである。

 部屋を出て、リビングに下りて行くと父がまだテレビを見ていた。

「ねえ、ドラマ見るからお風呂入ってきてよ」

美月みづきちょっと待ってな、この話題終わったら入るから」

 父は、明日から始まるスマホ禁止令についてのニュースを見ている。

 私のチャンネル権が否決されるのは珍しい。それは友達に言わせると、一人っ子の特権らしいのだけど。

 でも今回、ドラマが見れなくても頭にくることはなかった。だって、携帯に手動で登録しなければならないのもこのせい、つまり政府による“ガラ携復古の大号令”のせいであったから。

 この、スマホ、タブレット禁止令のせいで、父も仕事に影響があると頭を抱えていた。会社では、グレーと言われるノートpcを、どう使い回すかと毎日のように会議があったとか。


 翌朝、いよいよこの日のスタートである。

「いってきまーす」

 駅まで歩くあいだだけで、すでに不安になっていた。

 スマホがない……。

 改札を抜け、ホームを見渡す。

 そして思う。この駅、意外とおっさんが多いな。

 そんな中、あれ? おなちゅうだった、芳郎よしろうじゃん。えっと苗字なんだっけかな。

 芳郎もこちらに気がついたようで、まあそれはよかった。だけど。

 ちょ、なんで近づいてくるのよ。

 別に年頃の乙女だから恥ずかしがっているわけじゃない。苗字が思い出せないから焦っているのである。

「よお!」

「よお! この時間なんだ」

「部活とかがなければだいたいね。吉田よしださん、気がついてなかったの?」

 気がついてなかった……。

 もちろん見ればわかるよ。中学では同じバスケット部だったからね。でもさ、女子と男子って別にやってたし、だから男子たちが名前で呼び合っていたから名前はわかるんだけど苗字がわからないんだよね。

「ああ、うん。部活って、高校でもバスケ部?」

「うん、ちょっとレギュラー無理っぽいから、いるだけみたいになっちゃってるけどね」

「そうなんだ」

 こんなに彼、背高かったかな? でも、これでも厳しいの? 行ったところ、そんなに強豪の学校だったのかな?


 電車の乗ると、話は続かなかった。

 満員電車の密度に近づきすぎ、今度こそ本当に恥ずかしくなったからだ。

「じゃあ俺はここで乗り換えだから」

「うん、じゃ」

 降りていく芳郎に素っ気なく返事を返した。


「もう、信じられらなーい」

 教室に入れば、このスマホ禁止令の話題で持ちきりだ。

「そしてこの話題で持ちきりにしないと話題がない」


 昼休み、クラスメートで親友の白華しろかが近寄ってくる。

「お昼、行くべ」

「うん」

 お弁当を持ち、開放されている屋上へ二人で行くとすでに先客がいた。

「一緒にいい?」

「いいよー」

 白華が声を掛け、先に陣取っていた二人と一緒に食べることになった。

 うーん、白華も同じ中学だったから、芳郎の苗字を聞こうと思ったんだけどな。他の生徒がいる前で聞いたら、恋ばなになること必須。今は、いえんな。

 そんなことを思っていると白華が、

「やべ」

「どうしたの白華」

「バッテリーが」

「いや、ガラ携なのに減るの早くない?」

「違うんだよ。昨日、番号移す作業やってそのまま充電忘れてたんだって。超ゆだんしてた。いつもスマホは充電器にさしっぱなしだからさ」

「だよね、動画見てるとすぐなくなるし」

 私は“ほらよ”っと白華にコードを貸した。

「急がなくていいよ」

 私の携帯のバッテリーは、まだゲージいっぱいである。

 いつもの癖でコードと外付けバッテリーを持ってきちゃったけど、いらんかったな。重いだけだ。


 そして充電コードを貸したことは、学校から帰る電車で思い出すことになる。

 ゲッ! 芳郎。

「お! またあったな」

 こいつ、私が乗った電車くるまで待ってたんじゃないの?

「おう!」

 返事を返しながら思う。苗字のこと、白華に聞こうと思ってたのに忘れてた。そう、だから貸したコードのことも思い出したのである。

「なんかさー スマホ使えなくて超不便じゃない?」

 私の意見に芳郎は同意しない。

「そうかな? 俺はよかったけど」

「ええ? なにが?」

「なにがって……吉田さんこそ、何が不便なの?」

「だから番号とかアドレスとか一応全部写したし」

「そっか、俺もやったけどさ、部活の連中ぐらいしかいなかったし」

「ふーん、顔が狭い人はいいね~」

「そうでしょ!」

「いや、そうでしょうって、喜べなくない?」

「そうだね。じゃあ、吉田さんのメアド教えてよ。少しでも顔が広くなるように」

 うーん、ま、いいかっと思う。

「いいよ。ホレ!」

 自分の携帯画面を見せて、手動で勝手に移せと思う。

「メール送るね」

 携帯に芳郎からメールが届く。

“ども、田中たなか芳郎です。これからよろしくね”

 ああ苗字、田中だったか。

 普通だな。吉田もそこそこ普通だけど、田中じゃしょうがないよね忘れても。


 こうしてギガ泥棒はいなくなったが、変わりに恋泥棒が現れたのである。


終わり。

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ハッピールール 深川 七草 @fukagawa-nanakusa

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