神様がいない世界で死にます

ギンギツネ

優しい死神

僕は今、ベッドに横たわっている。


「貴方の命は残り一週間です。 規則正しい生活をし、遺産の分配や人間関係の整理をすることで、精神状態が安定し、有意義に死ねるでしょう」


目の前の医者はにこやかに伝える。


「それと....貴方の病気は当病院の設備では対処できません。 無理に祈って時間を無駄にせず、落ち着いて良い死に方を心がけましょう」


そう、伝える。


これは決してこの病院がおかしいとか僕が世紀の犯罪者とかそんなんじゃない。




"架空の存在を、有りもしない虚像を追うことを辞めましょう、現実から目を逸らす行為には罰則が与えられます"、そんな法律が定められた。


これは僕が入院する前からそうだった。


決して居やしない神様や妖怪、天使や悪魔への信仰、またはそういった宗教は全てが消されるハメになった。


もちろん、僕のように余命宣告を受ける患者にはわざわざ濁して言うよりもハッキリ言った方が良い、そう判断してキッパリと言う。


まぁ、確かに祈る時間が無駄になるかもしれないな、結局僕は助からないから。


しかし....こうなったのは全てがあの法律という名の"分別"、あるいは"処分"であることはまず間違いない。


だって....僕は漫画家だから。


架空の存在への信仰やその夢が規制されるなら、僕達のような架空の存在を描いて夢を創る人間は仕事がなくなってしまう。


だから人生も....仕事もほとんど無くなったのだ....。




「貴方はそれでいいのかしら?」


女の子の声が聞こえた。


びっくりして起き上がって辺りを見渡....さなくても目の前に少女が立っていた。


黒の大きめのローブを着た黒のツインテール、背はそこそこ小さめだが....どこから入ってきたんだ?


「君は....一体?」


僕は恐る恐る声をかける。迷子だったら帰さなきゃ....というかこのコスプレっぽい格好は今のルールで何か言われかねない。


少女はゆっくりと口を開き


「死神です、あと一週間で登る魂を迎えに来ました」


と言った。


....僕は手元のナースコールのボタンに手をかけようとする。


「いや待って待って待って、私は死神ですよ? 」


僕に乗りかかりながら少女がナースコールを掴んだ僕の腕を掴んで言う。


いやなんだ、この体勢は正直よろしくないが、それよりこの子を家に返す必要がッ....あれ??


よく見ると彼女は、いや正直分かりづらいと思うが、自称死神の少女は....って


「分かった分かったとりあえずどいてくれ!」


いくらよく分からない少女とはいえ、直接触れるのはなんか色々とヤバい、何がとは言わないが。


「と、とりあえず....お前は本当に死神なのか?」


僕の質問に少女はさっきの立ち位置で偉そうに


「ええ、そうです。 貴方の魂を迎えに来ました」


僕は少女への疑いがまだ晴れずに


「その....死神っていう証明はできるか?」


少女はきょとんとしてから


「例えば? どんなことをしたら証明できますか?」


うーん....何か証明しやすいの....さっき透けたのはもしかしたら僕の気のせいかも....あっ!


「死神ってことは実在してないんだよな? なら壁や床を透けたりすることは出来るのか?」


幽霊や妖怪の定番である"壁を透ける"、こーゆーのって普通の人間じゃ考えられないけど....


「ああ、そんなことですね、良いですよ」


少女は堂々とそう言い、床を透けて下に落ちる。


何かのマジックを目の前で見せられてるようだ、少しした後に下からするーっと出てくる。


「どうです? 信じることが出来ましたか?」


これは....まぁ信じるべきなんだろう。てか普通の人間にそんなことが出来るはずがないからな....。


「あぁ、信じる....で、死神さんとやらは何をしに僕のとこに来たんだ?」


僕は疑問をぶつける。そのうち死ぬ魂を回収する必要とかあるのかな、そんなレベルの質問だ。


「うーん、さっきも言いましたが貴方の魂を迎えに来たんです....正確にはしっかり登れるように導くだけですけどね」


少女はいつの間にか空中にフワフワ浮きながら答える。


「しっかり登る....ってのはなんだ?」


「簡単に言ってしまえば成仏することです」


少女はそう言って少しこちらに寄ってくる。


「私は、から迎えに来たんです、あと一週間でキッチリ成仏できるように」


なんとなく理解した....しかし僕の未練ってかなりあるんじゃないか? 一週間なんてそんな....あまりにも短すぎる。


「今、貴方が本当にしたいことをすればいいんですよ、本当に、シたいこと....です」


そう言って少女はどんどんと僕の顔に近づく....これは....一線を超えてしまっていいのか....?


ごくり....


「あ、でも私には期待しないでください、私に無理に何かするようなら、その時点で貴方の魂を切り離しますから」


そう言って少女は背中というか後ろから刃渡りがベッドの横幅ほどあるであろうカマを取り出した。


あ、これは健全に行けってことですね。


「うーん....しかし今したいことか....」


すーっごく悩む。まぁ一つあるとすれば、せめて漫画家としての最後を遂げたいなぁ....でも


「医者に"漫画を書かせてください"って言えば架空の存在を書いてないか確認しに来るだろうしなぁ....ルールというか法律で決められてるしなぁ」


「道具なら揃えられますけど、やります?」


少女が意外な提案をした。


「え?揃えられるの?」


「未練を残さないためですから、その程度のことは許されてますよ」


少女は平気な顔でローブに手を突っ込み、そこから僕の愛用しているタブレット端末や仕事場にあるはずの諸々を揃えてきた。


どこぞの猫型ロボットなのかと言いたくなるがこれはすごい。


....でもここに置けなくね?


「電源とかは引っ張ってこれるようにします、あと、持ってきた物とかは一般人に認識できないようにしました、作業中は貴方が手紙を書いてるようにでも見えるでしょう」


なんか....すごい技術....技術?いやまぁそんなのはどうでもいいことだ、すごく助かる。


こうして僕は余命の一週間を漫画に当てることにした。




「....で、4日目で私が確認しに来たところ、テーマが"死神の少女"って....告白でもしてるんですか?」


かなり恥ずかしい、というか発想が安直すぎたのもある。


「こーゆーあからさまに私みたいな存在が出てる以上、世間には出せませんよ?」


「あ、あぁ! 漫画家として好きなように描いて最後にするさ! 」


少女は僕の様子を見て、ふぅとため息をついてから


「全く....本当は死神って怖がられる存在なんですよ? それを可愛く、面白おかしいようにするのも無礼ってもんです....でも」


少女は僕の手を握りながら僕に顔をかなり近づけ


「....最後に書くのが私で良いんですか?」


そう、悲しみを訴える目で僕を見つめる。


「ああ、構わないさ....死ぬ時に死神を見たって誰も疑わないし、それに....ここまで夢を応援してくれるのは"魂を連れていく"はずの死神なんだから」


少女は少し赤くなり、慌てて顔と手を僕から離してから


「べ、別に貴方の夢を応援したいからじゃないです!魂を回収するだけの仕事なんですからっ!」


そう言って顔をそむける。


....ツンデレ良いなぁ....。




余命宣告から6日目、明日には死んでしまう。


原稿はまだ終わってない、いや終わり方を決めてない....。


幸せに終わりたい、だが僕にも残り時間がある。


中途半端で終わるのなんか絶対に嫌だ。


でも....仮に書いたところでこの物語は外に出るのか? ルールで規制されてしまった、世界で。


そう、僕が本当に望んでいるのは君じゃない。


僕が本当に望んでいるのは....僕が本当に伝えたいのは....


なんだ!


「僕は....君の存在を! 君を!!」


僕は必死に腕を動かしながら、ペンを運びながら言う。


少女がその言葉でゆっくりと立ち上がり、何も言わないまま僕に正面から抱きつく。


「....信じるだけでいいです、死神だけじゃない、神様とか天使とか奇跡とか....」


「そうすれば....どうなるんだ?」


「ルールを乗り越える勇気、力があれば、意思があれば貴方は奇跡を起こせるはずですから....」


「つまり....」


「私をここに居させてください...」


っー


彼女の唇が僕の唇に触れる。


冷たく、暖かいキス。


長く、淡い一瞬に僕は戸惑う。


少女は涙目になりながら


「私はいつでもここに居るから....」


僕の胸に手を当てながら言う。


すると、彼女の姿がだんだん淡い光を放ち、姿がぼんやりと濁っていく。


僕は泣きながら叫ぶ。


「これは、これは僕の願いじゃない! 君が消えることは願いじゃないんだ!」


「ううん、消えるわけじゃない、貴方の心の中に確かに居ます。 そして貴方はを乗り越えたの、生きる力を得たの」


「じゃあ、じゃあ、なんで君が....?」


「貴方の中に、居場所を見つけたから....」


そう言って彼女は姿を消す。


途端に、周りが静かになる。


目の前にあった機材とかも全てが消えた。





翌日、医者からは「こちらの診断ミスだったようですね、ま、奇跡なんてものは存在しませんから....生きれて良かったですね」と声をかけられる。


結局、まだこのルールはずーっと消えないようだ。


僕は確かに彼女に会い、そしてことで奇跡を起こした。


仕事場に戻った原稿には色々なデータが残っていたが、これを出せば僕は精神とかの病院に収容されてしまうだろう。




残っているものは他にもあった。


僕が家に帰った時、そこに居たのだ。


「貴方の、心の帰る場所....ってここで合ってますか?」


僕が信じた、優しい優しい死神が。

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