言葉の銃撃戦
庭花爾 華々
第1話 言葉を込めろ!
「5分間待ってやる。さあ、どっちか選ぶがいい。」
奴は、気味の悪い笑みを浮かべた。
「さあ、シンキングタイムだ。」
「どうします? 残り5分間で、要求された金とヘリなんて用意できませんよ。」
「そんなこたあ、分かってるよ。説得を続けても、まるで効果ねえしな。」
「応援が来るのも、あと5分では無理があるかと、、。」
「仕方ない、娘を呼ぶ。丁度、自宅がすぐ近いからな。」
「え、警部、正気ですか!?」
ポケットからスマホを出し、娘に電話をかける。今日は休日で、高校も休みだろう。
「は? 何言ってんの? せっかく、あの私が勉強しようと思って、スマホいじってたのに。」
もちろん、快い返事が返ってくるわけがない。
「お願いだから。頼むよ、前みたいに、お前らしくやってくれればいい、、。」
娘の説得が、犯人よりも大変だったりする、のかもしれない。けど、俺もこの道30年、舐めないでもらいたい。
「お、お前のスマホ、今『7』だよな、、。もうそろそろ、『9』にしないか。」
「‥!人助け、私頑張っちゃうね。」
よし、これでひとまず解決だろう。
「警部、残り4分00秒! マスコミも、集まってきましたよ。」
「大丈夫だ。娘、葛の葉 言 は、あと1分もすりゃあ来る。残り3分が勝負だ。」
新米警官は、警部がついにおかしくなったと思った。
「小林、援軍が到着次第、突撃の準備をさせろ!」
「はい!」
「え、本当にそんなこと言う人いるんですか。てか、あれですか、、。『天空の城***』に憧れちゃった人ですか。あ、だから眼鏡なんですね。似合ってないのが、面白いっすよ。」
葛の葉 言の『説得』が、メガホンによって増幅されていく。もともと娘の声量は、マンション6階ぐらいなら余裕なのに。どいつかが、拡声器を渡しちまったか。
明日のニュースで炎上しそう、、。
奴の余裕のあった顔が、みるみる怒りに染まっていく。
「え、カッコつけて言ったんですか? 結構ダサいっすよ。てか5分とか、中途半端すぎません? あ、そこは、ジ**さんとの差別化ですか。」
犯人の顔に、血が上っていく。怒りとともに、恥ずかしさもあるらしい。
「おい、こっちには人質いんだぞ。舐めたこと言ってると、こいつの命ねえぞ!」
窓越しに、恐怖した女性の顔が見えた。こめかみに拳銃が向けられ、現場の緊張感が盛り上がる。
しかし、こいつに脅しは効かない。むしろ、言葉に拍車がかかる。
「ああ、ああ。あんた、こんなことして、本当は何したいんですか。意味があると思います? 金を出せ、ヘリを持ってこい、、。いつの時代の話っすか。。」
「あんまり、過激すぎないようにね、、。」
「父さんは、黙ってて! 私らしく、でしょ。」
マスコミのほうが、ざわざわし始める。頼む、全部カットしてくれよ、、。
「あ、すいません。ヘリ使って『天空の城』に行くおつもりでしたか。『飛行石』は入手済みで?」
「警部、まずいですって。下手に刺激したら、何するんだか。」
「ああ、ジ**さんは、まずいよな。あと3分切ったぞ、、。」
「あんた、この名言知ってる?
『どんなに恐ろしい武器を持っても、沢山のかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ!』
今のあなたは、まさにそうよ。」
窓から顔を出す犯人は、唖然としている。と、言を睨み、
「何が言いてえんだ。」
と叫んだ。
唖然としたのは、犯人だけではない。
「ほんとに、何が言いてえんだろ? 」
「でも警部、とうとうあいつが、会話してきましたよ、、。」
「・・ようは、拳銃で人を脅したって、結局あんた一人でできることは少ないの。地に足つけて、必死に生きるしかないの。その女性を解き放って! その女性だって必死に生きてるの!」
「ああ、とうとう『も++け@@』まで。これまた名作だし、金曜ロードショーで、みんな知ってるし、、。」
「警部、さっきから何を?」
「黙れ小娘!」
犯人は叫んだ。けれど、言もひるまずに睨み返す。
「てか、犯人も乗ってきた?」
娘と犯人の会話、なんだか面白くなってきた。
「お前に俺の苦しみがわかるか? 必死に頑張って、くじけても立ち上がって。それでも、届かなかった、俺の苦しみが! いや、分かるわけがない。」
「男が簡単にあきらめるんじゃないよ!」
そう言うと、言は顔を伏せた。今日初めて見せた、弱みだったと思う。
「自分だけが、悲劇の主人公語ってんじゃねえよ。みんな同じ、苦しかったり、それを乗り越えてここにいんだよ。私だって、苦しいとき、何度も『ジブリ』の映画見て、元気もらって頑張ってんだよ。」
そして、顔を上げた。その顔は、いつも見てきたあの娘とは、見違えるものだった。見違えるほど、、大人びていた。
「自分より頑張ってるヤツに、頑張れーなんて言えないもん。」
「警部、応援が到着しました。指示を。」
「ふー、以外に早かったなあ。
じゃあ、
『40秒で支度しな。』
そう、伝えておいてくれ。」
「はい!」
「俺もだ、、。」
その場にいた人すべてが、犯人に視線を注いだ。
「俺も、小さいころから、ヒーロー戦隊シリーズが好きだった。」
犯人の声はかすれ、そして震えていた。
「ヒーローにあこがれて、大人になったら、俺もヒーローになるって思ってた。」
でも、
現実は違った。
「くじけるたびに、ヒーローのこと思い出して、負けてらんねえって立ち上がって。で、また、くじけた。段々と、そんな自分が嫌になってた。」
犯人は、拳銃を手から落とした。
「まだだ、その場に待機しろ。突撃の指示まで待て。」
俺の娘の、指示を待て。
「私は、きれいごとかもしれないけど、人生はやり直せると思ってる。おじさんの、立てこもり犯が人生やり直す話、読んでみたいと思う。戦おうよ、今一度、、。」
「お前に訊きたい。」
犯人と言の視線が交わる。犯人は、笑みを浮かべた。
「時間だ、答えを聞こう。」
「部屋に、人質はいないようですね。」
「ああ、解放されたらしいぞ。」
言は、勝ったのだ、、。言葉の銃撃戦に。
言もつられて笑った。
「バルス!!」
彼女の叫びが、しばし反響する。
「突撃命令が出た。突撃だ、突撃せよ! 人質の身柄は確保された、突撃しろ!」
彼女の合図に、すかさず無線で指示を出す。
すぐに、光の代わりに、煙が窓から溢れる。少し物がぶつかる音がしたぐらいで、すぐに現場は静かになった。
その後、犯人が警官複数人に囲まれて、マンションのエントランスから出てきたことは、言うまでもないだろう。
「ときに言葉は、そこいらの拳銃よりも、強力な武器になる。」
俺が、先輩から教わったこと。そして、あの子に伝えたこと。
「だから言は、言葉の力を大切にするんだぞ。」
あの時の思いは、しっかりと伝わっていたのかもしれない。
「警部、あなたの娘さんは罪を犯しましたね。」
「ああ、何言ってんだよ。」
「彼の心を窃盗した罪です。」
「え、それお前が言うの? お前が言ったから、すごいかっこわりいな。」
2人は、顔を見合わせ笑った。
言葉の銃撃戦 庭花爾 華々 @aoiramuniku
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