破壊神と死にかけの令嬢

ぶるすぷ

破壊神と死にかけの令嬢

 我は破壊神である。

 この世界の人間に崇め称えられる存在である。本来は天界から外界を見下ろす立場にあるが、我は暇である。

 よって現在、絶賛外出中である。

 本当はそのようなことをやってはいけないと理解はしているが、我を咎める存在も皆無であるのでルール違反ではない、と考えた次第だ。




 人間の姿で街を歩くと、新たな発見がある。

 人の営みである。天界から見下ろす時とは違う趣が感じられてとても良い。

 ただ唯一欠点があるとすれば、我が破壊神であると名乗っても誰も信用せず、顕著な反応を見せないということだろうか。不満である。


 そうして適当に街を歩いていると、花畑を発見した。とても綺麗な花畑である。

 その中に一人、赤毛の長い髪の少女が儚げな表情で佇んでいたのである。

 その光景に惹かれて、我は地面に咲く花を踏みつけないように気をつけながら進むと、少女がこちらに気づいたようで。

「誰よ」

 見た目からは想像のつかない強気な声である。

「我は破壊神である」

 少女は疑いの眼差しを向けてきた。

「ほんとに?」

「本当である」

「破壊神、様?」

「おおっ」

 様付け、様付けである。少々感動した。

「でも今、お花踏まないように歩いてきたわよね……?」

「神は物を大切にするのである」

 少女はなぜか疑いの眼差しを強めて。

「本当に破壊神様?」

 信用してもらえないようである。

「仕方あるまい、我の力を見せてやろう」

 手を突き出して、近くの空間を適当に破壊し次元を引き裂いてみせる。

「どうだ、これが我の力だ」

「……どうせ見た目だけでしょ?」

「…………」

 不満である。

「まあいい、貴様の家に我を招待する権利を与えよう」

「何よそれ」

「貴様の家に我を招待する権利だ」

「……私の家に入れろってこと?」

「そうである」

「嫌よ」

「なんだと!?」

「なんで私の家に入ろうとするのよ」

「暇だからである」

「そんな理由で入れるわけ無いでしょ。私の家は結構大きな商家よ、知らないの?」

「破壊神がそんなことを知るわけがないであろう。とにかく、早く入れるのだ」

「……無理よ」

「それはどういうことだ」

「……私は家から追い出されたの」

 少女は、ぽつぽつと話してきた。

 それは悲劇の話であった。

 人間は赤を差別する。敵対する悪魔の瞳が赤色だからである。

 赤は危険の証。赤は悪魔の証。それが人間が持つルール。

 忌み嫌われたその色は、人の心の深い部分に根付いた深い差別の象徴である。

 そして不幸なことに生まれた時から少女は赤色の瞳をしていた。

 発展途上の商家のトップであった父親は、その少女によって商家の名に傷がつくことを危惧して彼女を納屋で生活させた。商家の敷地には含まれない場所の汚い納屋に。

 それは実質的な追放である。

 彼女から真っ赤な髪が生え、商家からの印象は更に悪化した。

 少女は服や食料など最低限の生活を送ることができたが、日頃から誹謗中傷罵倒暴力、差別の嵐に揉まれて生きてきた。

 彼女には、帰る場所などないようであった。

「だから私の家には帰れない。帰っても何も無いし、誰もいないの」

 喋る少女は、どこか諦めた様子。

「私ね、今日ここで死ぬつもりなの。痛くないように、薬も持ってきたわ」

 白い粉末の入った瓶を取り出してみせる。

「それは何だ」

「飲んだら眠くなって、ゆっくり死んでいく薬。私をかわいそうに思ったお母さんが、これをくれたの」

 それを手に持って見る表情はどこか寂しげである。

「皮肉よね。かわいそうだと思ってるのに、くれるのは劇薬なんて。かわいそうだって気持ちの下にもっと強い嫌悪の気持ちがあるのなんて、言われなくても分かるのに。みんなわざわざ隠そうとするのよ」

 少女は疲れたように笑った。

「でも、あなたは違うみたい。そういうの全然なくて、びっくりしたわ。最後にあなたみたいな人に会えてよかった」

 我は初めて、とてもむしゃくしゃした気分になった。天界では一度も、こんな気持ちになったことなどないはずであるのに。

「どうにかならんのか。差別されるならこの地から離れればよいではないか。誰か頼れる人物を見つけてもいいであろう。商家に生まれたとしても生き方は一つでは無いはずだ。そうだ、我が他の地域の孤児院へと手引きして――」

「どうにもならないから死ぬのよっ!」

 少女が、激昂した。

「私も色々したわよ! 他の道も探した! 生きていく方法も逃げる場所も! でも無理なの。何してもみんな、変わらないの。無理なのよ……」

 少女は地面に崩れ落ちた。力なく泣いていた。

「私だって……死にたくないわよ。でも……死ぬのよ……生きてても誰も……助けてくれないから……」

 少女は立ち上がった。

 その目は、赤く腫れていた。涙を流して、一層、赤い目が赤くなっていた。

「ごめんなさい、取り乱して」

 笑顔であった。悲しい、表面だけの笑顔であった。

「最後にあなたとお話できて良かったわ。ありがとう」

 我は、苦しくなった。

「貴様が死ねば、我は悲しい。だから死ぬな」

 彼女は笑みを崩さなかった。

「嘘でもそう言ってもらえて嬉しいわ」

「…………」

 我は不満である。とてもとても不満である。

 死にかけの令嬢を見過ごすなど、我には到底できそうにないのである。

「神の直接的干渉は非推奨行為であるが……仕方あるまい。我が救ってやろう」

「……え?」

 あっけらかんとした表情である。本当は表情豊かな少女であるのだな。

「何を言ってるのよ」

「我は破壊神である。今から我は貴様を救う。反対意見は一切認めない」

 我は手を天に向け、力を使う。


 少女に向き直る。

「終わったぞ」

「な、何がよ」

「『赤が忌まわしき色である』という概念を破壊したのである。貴様の父親などはすぐに気づくと思うが」

「え? え? え?」

 どういうことか分からない様子の少女。

 すると遠くの方から、一人の男性が走ってくるのが見える。

「え、お父様」

 男性は駆け寄ってくるなり、少女をぎゅうと強く抱きしめた。

「お、お父様!?」

「良かった、ここにいた……」

 涙を流し、うるんだ声で言っていた。

「本当に、すまなかったっ……!」

「そんな、謝らないで」

「お前のことを考えてやれなかった。商売を優先してしまった。本当に大切にすべきものが何なのか、最初から分かっていたというのに……!」

「でも悪いのは、私の目が……」

「違うんだ。悪いのは俺だ。君を認めてやれなかった俺が悪いんだ。こんな俺のことは許さなくていい。ずっと恨んだままでいい。だから一言だけ言わせてくれ」

 男は少女を正面から見据えて。

「心から愛している」

 少女の目から涙が溢れた。

 二人は再度抱き合った。

 我は、我の気配を破壊して温かい空気を見守った。




 少しして泣き止んだ少女は、何かを探すようにキョロキョロと周りを見ている様子だった。

「どうした? 何かあったのか?」

「えっと……」

 不思議そうな表情で。

「誰かに助けてもらった気がするんだけど……誰だったっけ?」

「助けてもらったのか?」

「うん。神様、って自分で言ってたような……誰だっけ」

「そうか、神様に助けて貰ったのか。それならちゃんと、感謝しないとな」

「うん……誰だかわからないけど、助けてくれてありがとうね!」

 二人は、花畑を後にして家へと帰った。





 人間のルールというのは窮屈なものだ。色のみで価値を定めるとは、面倒極まりないルールである。 

 だが、このルールのおかげであの少女と出会うことができたとなると、一概に悪いものとも言えないのかも知れない。

「外界に降りるのも悪くは無いな」

 出会った人間の我との記憶を全て破壊し終え、我は天界へと戻ることにした。

 花畑に吹く風は、暖かかった。

 

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