第34話 まあ、これが、いつもの日常である。

「龍一。なんだか? 空が暗くなったと思わない。一雨くるんじゃないかな?」


 ふわっと広がる少女の甘い香りに、汗の甘酸っぱさが混じり、俺の鼻腔を刺激した。


「そういえば、なんとなく薄暗くなったような。気がするな。

 でも朝の天気予報では、そんなこと言ってなかったような? 気がするんだけどな」


「傘持ってきてないもんねぇ。

 夏は、突然の夕立が多いって、おじいちゃんから聞いてたのにぃ」


「どこか? 雨宿りできそうな場所を探したほうがいいかもしれない」


「そうだね。そうした方がいいかもしれないね」


「あー、遅かったか?」


 ザーッと降りだす雨。


 一瞬で頭から足まで水に濡れ、上着はもちろん、パンツまで雨水が入り、びっしょりになった。


「ひと雨、きっちゃったね」


 大粒の雨を降らせ始めた鉛色の空を見上げる。


「ひとまず、あそこで雨宿りさせもらうしたないな」


「はいっ」


 手持ちの鞄を小脇に抱えて、走り出した。


 アスファルトを雨粒が叩き、跳ね返ってくる。


 シャッターを下ろしていた商店の軒先に入ると、途端に雨音が強くなった。


 厚い雲はびっしりと空をおおい。

 

 いつ止むかは、見当がつかないな。


 ただ、これ以上濡れようがないくらいに濡れているから、急いで家に帰る必要もないんだけどな。


「びっくりしたねぇ、龍一」


「そうだな」


 なんだか嬉しそうに姫川さんは、雨で張り付いた制服を指で引っ張ていた。


 余裕でGカップはある胸元は見るからに窮屈そうで、びしょ濡れになった彼女は、すごい格好になっている。


 全裸でいるよりもエロティックな格好だ。


 ツインテールの先っぽから水が滴り落ち、しっとりと濡れていて、髪や、腕だけならまだいいさ。


 でも背中や胸元まで透けているのは、非常に困る。


 薄ピンク色のブラジャー。


 ブラの色どころか!? 柄もわかるほどだ。


 けっこう大人びたデザインじゃないだな。


 透けたシャツからは、下着の線がはっきりと見えている。

 

 それに胸の輪郭まで丸わかりで、ブラウスの裾を絞り姿は、めっちゃくっちゃエロな。


 どうして雨で濡れた髪って、こんなにも色っぽいんだろう。


 もちろんスカートもびっしょりと濡れていた。


 突然の雨でラッキーと思いながらも。


 マジマジと見るのは、やっぱりマズいよな。


 罪悪感も覚えた。


「ねぇ龍一は、雨の日って、好きかな」


「えっ!?」


「私はねぇ。好きだよ、雨。

 身も心も清められているような気分なるのよね。

 包丁を持った女の子が、雨に打たれてシーンとか? 私は好きだよ」


 彼女につられて、俺も空に視線を移していた。


「それは斬新な考え方だ。常人の発想ではないな。芸術家の考え方だな」


「そうかな? 普通だと思うんだけどな。

 あとは『捨て猫を拾う』シーンなんかも好きだし。

 待ち合わせ時間を過ぎて、雨が降ってきても一途に待ち続けるシーンなんかも好きよ」


「まあ俺も雨の日は、嫌いじゃないかな」


 理沙は可愛らしい笑みを浮かべて。


「まあ龍一の場合は」


 俺のほっぺたをいつものようにツンツンしてから


「どうせ、エロ目的でしょ」


「当たり前だろう。それ以外に何があるって言うんだよ。

 特に夏の雨は、最高だよな」


「それは『下着が透けて』見えるからかな?」


「よくわかってるじゃないか!?

 さすがは俺の彼女だな。

 俺の好みを良く熟知しているぜ」


「それくらい当たり前でしょ、彼女なんだから♥」


 クスッと微笑む彼女は、確かに機嫌がよさそうだった。


「いやあ、ほんとうに俺には、もったいないくらいの『自慢の彼女』だよ」


「そんなに持ち上げても何もでないわよ♥」


「ケチだな」


「ケチじゃないわよぉ。節度よ。せ・つ・ど・よぉ♥

 最近私が甘いからって、少し調子に乗ってない」


「そういうところも、可愛くて好きだな」


 少し頬を赤く染め。


 恥じらいが滲み出るような、可愛らしいハニカム顔で


「か、カワイイって……バカっ!? 何言ってるのよぉ♥」


 強く恥じらいモジモジしている今の彼女は、とてもイジらしくて。


「照れたところも、可愛いな」


「バカバカバカ。龍一のバカっ!?」


 ブラウザのボタンなんか? 今にも飛んでしまいそうなほど大きく揺れる胸に、視線が引き寄せられ。 

「最高のスケブラをありがとう、理沙」


 指摘を受けて。


 自分の身体に目を向けた理沙は、俺が言わんとしていたことに、すぐに気づいたらしく。


「どこを見てるのよぉ!? エッチ!? スケベ!? 変態っ」


 慌てて両手で、胸元を覆い隠したけど。


 それは豊満なバストを押し寄せて。


 よりボリューム感を増そうとしているようにしか見えなくて。


 俺のエロい視線に気がついたのか?


「ほんとうに龍一は、デリカシー足りないわよね。

 もう少し、女心を学んだ方がいいわよ」

 

 その美貌は官能のピンク色で鮮やかに茹で上がっていて、濃い恥じらいが見て取れる。


「そんなこと言われてもな。

 ラノベ主人たる俺が、朴念仁なのは、至極当然のことだろう。ドヤ」


「それを自分で言っちゃうあたり、龍一ってぇ、ホント!? バカよね。

 あと……そのドヤ顔やめなさい。すんごくムカつくから」


 小さな唇は、意志の強さを感じさせるように強く結ばれ。


 熱く燃える炎のように頬を赤く染め。


 彼女は怒りを露わにし。


 真っ白な太ももが閃き。


「ぐぎゃああああああああ」


 切れのあるローキックが、腹に直撃し。

 

 カラダがくの字なり。


 決定的なものが見える前に、視界はブラックアウトする。


 横向きに繰り出された靴底が、見事に俺の両目をふさいだからだ。


「ぎゃぁああっ」


 女という生き物の恐ろしさを、身をもって体験した瞬間だった。


「雨も止んだみたいだし。

 あまり遅くなるとおじいちゃんが心配するから帰るわよ。

 ほら、いつまでも倒れてないで、早く起きなさいよね」


 理沙は俺の右腕をがっちりと掴んで、引っ張ってきた。


「痛いっ!? 痛いって……」


「ほら、早く」


「わかった、わかったから」


 俺はカラダを起こし。


 叫びながら空を見上げると、雲の隙間から光が差し込みはじめ。


 青空が姿を現した。


 青空にはうっすらと、鮮やかなアーチを描いた七色の『虹』を目にした俺は、キレイだと思った。

 

「あまり遅いと置いてちゃうわよ」


 だがそう叫ぶ彼女は、虹よりもずっとキレイで輝いて見えた。


 北欧神話に記されている戦乙女を思わせるほどに……その後ろ姿は……神々しく。


 太陽の光を受けて、うっすらとスカートの中が透けて見え、白い尻の形が浮かび上あがり、大空を目指し、高く持ち上がろうとせんばかりの尻だな。


「ま、待ってよ」


 俺は理沙の元に向かって、水溜りを避けながら走り出した。


 まあ、これがいつもの日常である。

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