第33話 どんだけ貧乏人なんだよ、って話だよな。

「ちょっと意地悪なことを言ってしまったみたいね。ごめんなさい、龍一♥」


 澱んだ空気を払うように髪を掻き上げ。


 清楚で愛らしい容姿と雰囲気を持つ彼女のしっとりとした優雅な微笑みは、とても魅力的で美しくて。


 再び席に着くと脚を組み膝丈のスカートが少しだけ捲れ上がり真っ白な太ももが、露わになりドキッとした。


「ところで最近『コミックやラノベの発売から一週間の売上で決まる』というのが、話題になっているでしょ」


 さらに椅子の上で膝を立てると、ミニスカートは大きく押し上げられ、裾からは長くしてみずみずしい脚が伸びている。


 相変わらず良い脚してるな。


「応援している『作家の作品』は発売日に買えって、ことなんじゃないのかな?

 とは言え……俺みたいな貧乏学生には、ちょっと辛いんだよな」


 もちろん好きな作家の作品が2、3巻で売り切られるは悲しいけど、無い袖は振れないからな。


 どんだけ貧乏人なんだよ、って話だよな。


 だいたい1冊『600』円ぐらいのライトノベルも買えないなんて、最近はいろいろなモノの物価が上がってきて『大変』だからさ。


 そこらへんは察して欲しいな。


「龍一がコミックやラノベを買っているところを、見たことないものね」


 とても冷たい声で指摘してくるので。


「理沙はよく買ってるみたいだけどな」


 おどけた感で答えると、理沙は机を両手で叩き。


 睨めつけるような鋭い目つきで、俺の心臓を射抜き。

 

「ファンとしては当然のことよ。売り上げに貢献するのわね」


 ドン! という効果音が背中から聞こえてきそうなほど大きな声で言い放ち。


「保存用と観賞用と布教用で、3冊はいつも買うようにしているわぁ」 


 えへん、と自慢に豊満な胸を張る理沙。


 圧倒的な存在を誇る胸がダイナミックに弾み。


 まったくもって迷いのない口調だった。


「お嬢さまは言うことが違うな。俺には真似できないぜ」


 胸の前で手を叩き感嘆の声を上げる。


「それだけ2次元キャラを愛しているってことだもんな。

 だから理沙が描く女の子は、心に訴えかけてくるものが、あるのかもしれないな」


 彼女の描く絵は、ほんとうに素晴らしくて。

 

 俺も頑張って小説を書き上げてやるぜと、モチベーションを上げてくれるほど、可愛いイラストなんだよな。


 イラストだけじゃなくて、漫画も描いてくれたら嬉しいんだけどな。


 いくらお願いしても描いてくれないんだよな。


 しかもその理由すら教えてくれないんだよな。


 和遥○ナ先生いわく。


 漫画が全編を通して『世界観』を表現するのに対して。


 イラストはたった『一枚』の中に『世界観』や『物語を表現する』ことができるのが『魅力』だって、何かに書いてあった気がするな。


 理沙が『イラスト』にこだわる理由もそこにあるのかもしれないな。


「そんなことを言ってくれるのは、龍一だけよ♥

 私の絵って、女性受けが悪いのよね」


 ため息をつきながら肩落として。


「男性に媚びた感じがするって、よく言われるし。

 エッチなイラストを描いて欲しいって、男子生徒からお願いされることも多いんだから」


「それは新手のイジメか、何かか?」


 俺は納得がいかない感じで声を張り上げた。


「そういうのとは、ちょっと違うわね。

 別に嫌がらせとか、されたことはないのよ。

 ただ『ウケ』が悪いって話よ。

 私も着ぐるみパジャマみたいな女子ウケする絵は苦手なんだ」


 出る杭は打たれる。


 突出した才能は、疎まれることが多いからな。


 理沙の描く絵は、ヒトを選ぶのかもしれないな。


 俺は好きだけどね。


「そんな悩みがあったなんて、全然知らなかったな。

 何でも、そつなくこなしているイメージだったからさ。

 気がつかなくてごめんな」


「龍一が気にすることじゃないわよ。 

 はい、もうこの話はお終い」


 彼女は豊満な胸の前で、両手を強く叩き。


 にこやかな笑みを浮かべて。


「もっと……楽しい話題にしましょう♥」


 つられて俺も笑みを浮かべて


「ウチの図書室って漫画や、ラノベの種類が豊富だと思わないか」


「普通の高校と比べたら、そうかもしれないわね。

 でも私のコレクションと比べたら、全然少ないわよ」


 理沙が保有している漫画やラノベの種類は、50万を優に超えていて、途方もない数なのだ。


 さすがはお嬢さまと言うべきか、無類の読書家なんだ。


「でも俺みたいな。

 貧乏学生にとっては、めっちゃくちゃありがたいんだよな。

 あとは気に入った作品は、後で『購入する』人も結構いるみたいだし。

 なんだかんだで『布教活動』にも繋がっているんだよな」


「言ってくれれば、いつでも貸してあげるのに。龍一が好きそうなモノだって……」


「その気持ちだけで十分だから」


 お言葉に甘えて一度だけ借りたことがあるんだけど。

 折り目をつけるなとか。

 指紋をつけるなとか……エトセトラ。


 とにかく面倒くさいルールが多くて、全然読書に集中できなかっただよな。


「わかったわ。無理に進めるのもよくないものね」


 少しだけ申し訳ないという思いもあった。


「理沙って、ちょっと潔癖症みたいなところがあるのに、よく中古で漫画やラノベを買ったりするよな。抵抗とかないのかな?」


 俺の質問に対して、理沙は不敵な笑みを浮かべ、挑戦的に指を突き出して来た。


「絶版されて、もうこの世に出回っていない『本』を見つけたら、絶対に買うでしょう」


「絶版される商品のほとんどって、売上が伸びなかったモノだろう。

 人気があれば『復刻版』が出ると思うんだけどな。

 そんなモノ欲しいの?

 やっぱり理沙って、変わってるな」


「クソつまらないと、言われる作品でも読んでみると、意外と面白かったりすることもあるのよぉ。

 ちゃんと読みもしないで、その作品の評価を決めるなんて間違っていると思うんだけどね。

 それに復刻版を出すのにもお金がかかるのよ」

 

 最後までちゃんと読んでくれる人は、比較的珍しいことだ。


 少なくとも俺には無理だ。


 俺は理沙みたいな、驚異的な集中力も持っていないし、速読も苦手なんだよな。


 はっきり言って読書スピードは、かなり遅い。


「でも時間には、限りがあるからな。やっぱり読むなら評価の高い作品から読むべきだと思うな」


すると理沙は、強い自信に満ち溢れた笑みを浮かべて


「評価の高い作品が必ずしも『面白い』作品とは限らないわよぉ」


 指摘してきた。


 確かに万人に受ける作品など存在しないからな。


 当然、高名な文学賞を取った作品であっても批判も浴びる。


 マイナスな評価を書くヒトもたくさんいるな。


 大半は『妬み』による『嫌がらせ』みたいなモノで、作品自体をきちんと読んでいない場合が多いけどな。


「確かにそれはあるよな」


 理沙の意見を肯定するように、何度も首を縦に振りながら


「それでも『絶版されたモノ』を読みよりかは、『有益』だと俺は思うけどな」


 重い口調で


「流行を知ることは『大切な』ことだからさ」

 

 すると理沙は口元を斜めにし、俺に向かって挑発的に顎を反らして


「龍一は、何もわかっていないのね」

 

 めっちゃくっちゃ上から目線で、自信に満ち溢れた口調で不敵な笑みを浮かべて


「ただ流行に乗って書いただけの作品なんて凡庸なだけで、そこから得るモノなんて何もないわよぉ。

 失敗から学べることのほうが多いわぁ」


 それは俺には、ない考え方だった。


 だからこそ、理沙の考え方に興味が湧き。


「なら絶版した本から、得られるモノってなんだよ」


「新しいことに『挑戦する』気持ちよ。

 王道から外れる覚悟よ。

 自分の好きなモノを書き続ける『勇気』よ」


 真摯な気持ちが伝わってくるほど、まっすぐな瞳には一点の濁りもなく、俺の心情を全て見透かしているかのように、口元に優しい笑みを浮かべたまま


「それらを意識するあまり読者のことをおろそかにしてしまったら、どうなるのかを学ぶことができるわ」


 そこで一旦言葉を切って、間を置てから彼女は言葉を続けた。


「でも別に王道から外れることが『間違っている』わけじゃないのよぉ」


「尖った作品は、好き嫌いが分かれるからな」


 俺は彼女の意見に同意するように頷き。


「初心者ほどオリジナルティ溢れる作品を書きたがるからな。

 その結果、読者を置いてきぼりにしてしまうパターンが多いんだよな」


 まるで他人事のように言っているがその実、俺もオリジナリティ溢れる独創的な作品がめちゃくちゃ書きたいんだよな。


「趣味嗜好は、十人十色だからね。

 趣味に走り過ぎた小説は、大衆に受け入れられないことも多いのよねぇ」


 落ち着き払った彼女のその物腰と相まって、その言葉はめっちゃくっちゃ説得力があり。


「自分の好きなことばかり書くことが『マイナス』になることもあれば、逆にプラスになることもあるからな。そこらへんのさじ加減は、難しいよな」


 思わず同意してしまった。


「あまり読者を意識し過ぎて、媚びを売ったような小説も『人気』が出ないのよねぇ」


 テコ入れされまくった小説や漫画が、打ち切りになったという話しはよく耳にするな。


 俗にいう『魔改造』と言うヤツだな。


 アレは小説にも、当てはまる時がある。

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