第1巻 3章 この恋は、運命なのかもしれない
第17話 紅茶は飲み過ぎると大変なことになる
開いた窓から流れてくる心地よいそよ風と、セミの鳴き声。
「あ、あの、ひ、姫川さん……。こ……これ、今日の調理実習でわたし達が作ったクッキーなんですけど……良かったら食べてください」
制服にエプロンを掛けた『服飾科』の女子達が、おずおずとお皿を差し出す。
レース模様の紙ナプキンの上に、いかにも手作りらしい『素朴なクッキー』が、十個ほど並べてある。
「なんか喉もかわいたし、ここら辺でいったん休憩を入れようぜ、理沙」
「そうね~。ちょうどクッキーも頂いたことですね」
俺はいつも通りに、彼女の自慢のティーセットで紅茶を注ぐ。
そして理沙は女性生徒の目の前でクッキーをひとくち食べると、俺にしかわからないほど微かに笑みが崩れ。
「……お、おいしい~。とても美味しいわ、このクッキー。舌触りがすごく滑らかで、プロのパティシエが作ったモノにも、引けをとらない美味しさだわ」
「例え社交辞令やお世辞であっても、嬉しいです。
ありがとうございます」
服飾科の女の子たちは手を取り合って、本当に嬉しそうにはしゃぎあっていた。
「龍一も、遠慮しないでいただいておきなさい」
彼女になかば無理やりにすすめられ、俺もクッキーを食べる。
いかにも手作りクッキーらしい素朴な味で、格別に美味しいというわけではない。
まあ、愛情はたくさん詰まっているだろうな。
だが、所詮は素人のクッキーだ。
理沙の口に合うとは思えなかった。
こう見えても理沙は、れっきとしたお嬢様だから、もっと美味しいものを食べているだろうに、女子生徒たちを喜ばせるために褒めたのだろう。
普段忘れがちになるが、意外と優しいところもあるんだよな。
「ところで、姫川さんは学校の七不思議って知っていますか?
トイレの花子さんとか? 歩く人体模型とか? 誰もいないのにひとりでに鳴る音楽室のピアノとか」
「あっ!? それ、知ってるっ!? 最近また流行りだしたよねぇ。
オカルト好きな女子が話してるの聞いたことあるわぁ」
「ごめんなさい。私、怖い話は苦手なの。
夜、ひとりでトイレに行くのも怖いから、いつもメイドさんに付き添ってもらっているくらいですもの」
確か? 幼い頃。
金目当ての中年男性に誘拐され。
狭くて暗い場所に閉じ込められたことが『トラウマ』になって。
今でも『暗くて狭い場所』は、苦手なんだよな。
「姫川さんって意外と、可愛らしいところがあるんですね。
驚きました。
でもオバケを怖がる姫川さんも素敵です。
皆さんもそう思うでしょう」
「ええ、思いますとも」
「私も思います」
「だから気にしないでください」
「皆さん、ありがとうございます」
それからしばらく『ティータイム』を楽しんでいると。
理沙は、突然もじもじと身体を揺すり始めた。
たぶん無意識のうちなんだろうけど。
肩をすくめてスカートの上から股間を押さえたりもしている。
そして落ち着きなく。
足を動かしているのか。
上履きが床にこすれる音を立てながら『何か』を必死に堪えているようにも見える。
「……いき……たい……お……トイ……い……たい……」
何かを小さくつぶやき。
理沙が俺の制服の裾をぎゅっと握り、弱々しくと喋るもんだから、うまく聞き取れない。
「えっ!? 何をよく聞き取れないよ」
「だからぁっ……おトイレ、に……行きたい……のよ……バカっ……さっしなさいよぉ」
告白する口調に艶めかしいモノが感じられ、押し黙ってしまう。
「…………」
「ううっ、恥ずかしいから、言いたくなかったのに……」
そう言い放つと、金色の瞳が潤み。
頬を赤く染め、涙ぐんだ上目遣いにドキリとしてしまう。
それは普段の理沙からは予想さえできないもので、そのギャップに『萌え』た。
「えっ! もう少しだけ我慢できそう……」
「あと……ふ……ぅ……。ちょっとだけなら……なんとか……ぅっ……我慢、我慢……はぁ……ぁっ……んぅ……ンンンッ……」
息絶え絶えという感じで答えた理沙の手を取ると、無理やり立ち上がらせる。
「あと、もう少しでトイレに着くから、頑張って。
ゆっくりでいいからねえ」
「うん。わ、かった。
もうちょっとだけ、我慢するっ」
スカートの裾を握りしめて、拳をふるふると震わせ。
内股になってぎゅっと足を閉じ合わせながら、彼女が口をへの字にして、俺の方をちらっと見た。
「んっ、んん……あ、あの、ちょっとしがみつかせて、ぎゅっってさせてぇ……あっ……あっ……漏れちゃいそうなの……お、お願い……」
切迫つまった声。
もう見るからに限界がきているのがわかった。
ぶるぶるっと身体が大きく震え、くっつけた太ももをもじもじと揺らし。
「でも……少しでも……う、動くと……出ちゃいそう……ダメっ!? もう限界、かもぉ……はぁ、はぁ……も、漏れちゃうよぉ。
んふっ、ぅぅぅぁぁあ、あっ、ムリ……も、う、我慢っ、で、き、ないぃ……よぉ……」
さらに激しくモジモジしながら、体重を預けてきたではないか?
「えっ! どうしよう……」
「あ……、うううっ……は……ふぅ……龍一で前で……お漏らし……する……くらいなら、ここで死んだ方が……遥かにましよ……」
俺にしがみついたまま、彼女の膝が大きく震えだす。
ブルブルっと姫川さんはカラダが大きく震わせ、限界になった膀胱をなだめるように、下腹部を押さえながらくっついた太ももをモジモジと揺らしている。
「お願い……殺して……早く、私のことを殺しなさい……」
「ちょっと……ごめん……」
切迫つまった声をあげた理沙を抱き上げ。
やましい気持ちなんてこれっぽっちもなかったけど、単純に理沙が心配だったから、俺はあくまでも純粋な気持ちで女子トイレに足を踏み入れると、いい香りがした。
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女子トイレから出ようとした瞬間。
「龍一、お願い。今日のことは二人だけの秘密してくれない」
「今日のことって……」
口を開いた瞬間。
理沙はこちらを振り返って、両肩を砕かんばかりに握りしめ。
鼻がくっつきそうなくらいの距離で、俺のことを睨みつけながら
「もし、このことを誰かに喋ったら、そのときは絶対に殺すからね~。
覚えときなさい。私は本気よ」
「理沙に殺されるなら、それはそれでアリかな?
でも理沙を悲しませることは、したくないからな。
もちろん、誰にも言わないよ」
「そ、そう……それならいいのよぉ。
でもギリギリまにあったからいいものの……私の人生において最大の『汚点』だわ」
両手を離すと、ふぅ、小さなため息をつく。
よほど恥ずかしかったのだろう。
白人系の頬がピンク色に染まっていた。
「でもやっぱり安心できないから、ハンマーで龍一の頭を叩いて『記憶』を消す方法が一番だと思うんだけど……どうかな?」
「一歩間違えれば、死ぬからやめてくれ。
ロリ・ペド属性の俺からしたら『ご褒美』みたいなモノだから、そこまで気にする必要はないと思います」
「この変態、ドスケベ。サイテー」
精一杯、励まそうとしたのに、このツンツンっぷり。
「そのツンデレなところも、治した方が良いぞ」
「まったく龍一は、女心というモノをまったくわかってないんだから。
龍一だけなんだからね。こんな顔を見せるのはーーーー」
少し蒸気した肌が、さくらもちみたいにほんのり赤くなり、小さな桜色の唇を震わせ。
「そ、それだけは『覚えて』おきなさい」
理沙の機嫌も治り、女子トイレから出ようとしたら、今度は複数の女子生徒の声が聞こえてきた。
「でさー、そしたらカレシがー!」
「マジー。なにそれチョーウケるぅ」
「ここって、確か『花子さんが出る』って噂のトレイじゃなかったかしら?」
「それって、最近また、流行りだした。学校の七不思議の」
「それ!? わたしぃも聞いたことある」
理沙が入っている個室の扉が開き。
「龍一!? 早く、こっち」
彼女が手招きする。
女子トイレの出入り口は、一つしかないので、俺は理沙が入っている個室に隠れることにした。
「今、物音しなかった。それに話し声も……」
「ヤメテよねぇ」
【龍一、動かないの。気づかれたら、どうするのよ】
【そんなこと、言われても……】
俺の口を封じるように、便器に腰を掛けていた理沙が抱きついてきた。
女子トイレの個室という密室空間で、抱き合う俺たちは、どこからどう見ても変態カップルだな。
でもまあ、ラブコメではよくある展開だよな。
「ホラ、また……物音が聞こえた」
「わたしぃ……べ、別のトイレにしようかな?
なんだか、気味が悪いし」
「ショウコがそう言うなら、アタシも別のトイレにしようかな。
カナコもそれでいいわよね」
「ええ、いいわ」
女子生徒たちは、来た道を引き返していった。
あっ!? 危なかった……。
こんなところ見られたら……確実に退学処分だったよ。
トイレのような逃げ場のない空間で性犯罪を犯すのが、どれだけ危険な行為かを身をもって知ることができたよ。
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