第六夜 戦場で見た月の話

 私が生まれるよりもずっと昔、どこかの国の兵士として、南方なんぽうの部隊に配属された時の話らしい。

 私は主に夜間の歩哨ほしょうの任にいていたが、物見ものみの上で何ヶ月も何年も見張っているというのに敵兵の気配はどこにも見当たらない。初めは緊張していたが、だんだんと気が緩み、本当に戦争があってるのかすら疑うようになっていた。

 

 夕暮れになると、昼間の暑さが嘘のように涼しい風が吹く。地平線からは、大きな盆のような月がぽっかりと昇る。戦場の孤独な私の心は、その明るい、穏やかな光に、とても慰められていた。昔、恋人と一緒に、田舎の湖で眺めた月を思い出したりして、とても帰りたくなった。

 次第に、どこにいるかわからない敵兵よりも、月ばかりを見るのが仕事のようになった。


 激しい轟音ごうおんが起こり、地面が揺れ動いた。

 はっと我に返ると、物見の下の方で銃撃戦が始まっていた。誰も彼もが油断していて、敵兵の奇襲に気付かなかったのだ。

 私は慌てて降りようとしたが、誰もここに私がいることに気付いていない。下手に姿を見せるよりは、ここでじっとしてやり過ごした方が安全だと判断した。

 仲間の兵士が次々とやられていくのを見て、胸が痛んだ。もっと私が早く報告をしていれば、こんなことにはならなかった。私は卑怯者だと思った。

 銃撃戦はいよいよ激しさを増した。どこかに火がついて、辺り一面に燃え広がった。味方の兵士だけでなく、敵兵も相当死んでいった。戦闘は、全く収まる気配がなかった。

 銃弾が四方八方に入り乱れて、とうとう私のいる物見の辺りをかすめるようになった。それでも、必死に縮こまって姿を隠していた。空気を引き裂くような銃声が、幾度も耳のそばを通過した。

 

 その時、「ガシャン!」と、ガラスの割れるような大きな音が天上から聞こえた。


 見上げると、。流れ弾が当たってしまったのだ。月は遠目からもわかるように、大きくひび割れていた。私は自分の目が信じられなかった。

 月は今にも崩れ落ちようとしている。


 気が付くと、私は物見から体を乗り出して、何かを必死に叫んでいた。

 敵兵が私を見つけて、何発もの銃弾が私に向かってきた。

 銃弾が肩のあたりをつらぬいて血が流れ出すのも構わず、思いつく限りの罵倒ばとうの言葉を力いっぱいに叫んだ。もう何もわけがわからなくなり、涙が溢れて止まらなかった。

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