第三夜 機械の見た月の話

「天国ッテ、ドコニアルノデスカゴ主人サマ?」

 ノイド1号がそんなことを訊いたのは、僕がまだ子どもの時だ。

「天国はね、お空のとっても高いところにあるんだって。そして、死んだ人はみんなそこで暮らすんだって。ママが言ってた」

 ノイド1号から虫の羽音はおとのような解析音かいせきおんが鳴り出す。

「解析シテマス。解析シテマス。上空トハ、ドノクライ上空デショウカ?」

「だから……とにかくとっても高いところ、お月様まで届くぐらい」

「オ月様?オ月様ト呼バレル衛星ニ、生命体ハ現存ゲンゾンセズ。天国トハ、生命体ノ存在シナイ座標ザヒョウトイウ定義ナノデショウカ?私ニハワカリマセン」

「難しく考えなくていいから。とにかく、お月様の辺りに、天国はあるんだよ」

「理解ハ出来マセンガ、言語情報ヲインプット、完了シマシタ」


 何度目かの世界大戦が始まり、大気の放射能汚染が膨大ぼうだいな地域に拡がった。

 地球の人類はほぼ死滅し、わずかな数が地下シェルターにジッと息をひそめる日々。

 地上の荒廃した元人間居住区の一角に、うごめいてる機体があった。

「……送電線カラノ充電ガ不可能。バックアップ処理ヲ行イマス……内部電源ノ稼動時間ハアト、三百五十秒。コノ間ニ、データノ移動ヲ行ッテ下サイ……」

 しかし、その機体のそばには、どこにも人影などない。

「……現在、生命体ノ感知ガ不可能。メモリーノ最終保存ヲ行イマス」

 破壊し尽された屋内からは、夜空がよく見渡せる。

 今夜は満月だ。

「……現在、オ月様ト呼バレル衛星ニ、生命体ハ現存セズ。シカシ、概念上ノ『天国』ガ、彼方カナタニ存在スルト仮定シテ……」

 途切れ途切れのシステム音が、次第に弱まっていく。

「……ゴ主人様タチノイル『天国』ニ、私ハ、行ケル、ノ、デショウ……カ……」

 機体の呟きは数分後、永久に停止した。

 荒廃した地上と、停止した一個の機体を、月明かりだけが、静かに照らしている。

 

 彼の見る天国は、人間の見る天国と、同じものだろうか?

 この夢を見ながら、そんなことを考えた。

 

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