さようなら、魔法使い

夜のチューリップ

さようなら、魔法使い

「桜見るのすごい久しぶり!」


「まぁだいたいみんな1年ぶりでしょうね。笑」


「あ、そっか。そうですね。笑」




いつもいつも、いたずらに笑う。

でもそれももう、終わりだと思う。




あなたはわたしと1つしか歳が変わらないのに、ずっと大人に見える。

あなた以外の男の先輩は年下に見えることだってあるのに。



気を使わせずに気を使うのが天才的に上手いあなたの隣は、気を使わせてしまうのが天才的に上手い私にとって、天才的に居心地の良い場所だった。



今日もランチ代を出してくれる代わりに、新宿御苑の入園料はわたしに払わせてくれた。そんなバランスがとても上手い。



6人以上が集まる飲み会では、いつも自然とわたしの隣にいてくれた。


「こいつにそんな気使わなくていいから。笑」


そう周りに言って、自分は誰よりもわたしを気使ってくれる。


でも、彼が気を使うのはわたしだけじゃない。

その場にいる全員のことを常に考えている。店員にまで気遣いを忘れない。



そんなに気を使って疲れないのかな。

そう思って、何度か聞いたことがある。


「そんなに気を使っていて、疲れませんか?」


「え?誰に?俺はいつも自分が一番だよ」



いつもいつもそう言って笑う。




彼は誰に対しても良い人でいれる。

そんな魔法ある?





そう、魔法なのだ。

わたしはある時、彼の魔法の正体に気づいてしまった。





彼は、誤魔化しが抜群に上手いのだ。






今日だってきっと。






「あ、そういえば今日わたしといること、優美さん、知ってるんですか?」


「言ってないよ。あいつ、何もなくても嫌がるタイプだから」


桜を横目に涼しい顔してあなたは言う。




優美さんはわたしが一番尊敬している3つ上の先輩だ。


あなたはそれを知っている。

気を使うのが天才的に上手いから、誰が誰をどう思ってるかなんて全部お見通しだ。




「言ってないよ。あいつ、何もなくても嫌がるタイプだから」




この言葉に全てが秘められている。


口止めをしながら、わたしとの間には何もないと言い聞かせてくる。


何もないなんて。あなたは何があったら、何もないと言えなくなるの?





「上手ですね。ずるいですね。」


「え?」


「……や、桜見たいって言ってたの、1年前なのに覚えてくれてるんだなって。」


「そうだっけ? ごめん、覚えてたわけじゃない(笑)。でもなんとなく、桜好きそうだと思って」





ほら、上手じゃん、ずるいじゃん。





魔法の正体がバレてしまったら、もう魔法は使えなくなる。

小さい頃そんな物語を楽しみに見ていた。最終回で変身しているところを見られてしまった主人公は、魔法が使えなくなった。




「しだれ桜、好きなんですよね」


「そうなの?なんかしだれ桜って寂しくない?」










「そこがいいんですよ。あと花言葉がいい」

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