あなたへの想い

夢崎かの

あなたへの想い

「あぁ、もう……」


 私はこの日、何度目かの叫び声をあげ、書き連ねていた文字をグシャグシャと書き消した。淡い色の花が縁取られている便箋をクシャクシャに丸めて放り投げる。私の背後には、そのようにして丸められた便箋たちが沢山転がっている。


 自分にもっと文才があったら。今になってそれを痛感する。

 小学生の頃から作文や感想文などが評価された試しがない。他の教科はそこそこ点が取れるのに文章だけは苦手だった。


 正解がないという曖昧さが許せない。その曖昧さが理解できなくて、自分の文章のどこが悪いのか、評価されている人の文章のどこがいいのかがわからないのだ。


「好きです」


 たった4文字を書くだけなのに、もう半日も費やしている。便箋を何枚も無駄にしている。資源の無駄遣い。罪悪感も芽生えてくる。


 最初はシャーペンで書いてみた。


「好きです。付き合ってください」


 書き慣れているシャーペンの文字は、少し軽薄な印象に見える。消しゴムで消せるお手軽さも気に入らない。私の思いはそんなに軽くない。結局、ボツと判断した。


 筆ペンで書いたらどうだろう。小学生の頃に少しだけ習字を習っていた経験がある。


「好き」


 シンプルに2文字だけ。堂々とした風格を感じる文字は、かなり重い。これも何かが違う。


 ボールペンで書いてみたらどうだろう。


「ずっと好きでした。良かったら付き合ってください」


 軽い書き味だけあってスラスラと台詞が出てきた。でも、どこか一般的でありがちな台詞。私が伝えたい想いは、こんな沢山の人の手垢にまみれた想いではない。もっとオリジナリティが欲しい。自分だけの言葉でこの気持ちは伝えたい。


 文豪、夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したそうだ。私にそんなセンスがあれば。いっそ、「桜が綺麗ですね」とでも書いてみようか。


 先輩への想いは、入学してから2年間、一途に思い続けていたピュア気持ち。それをそのまま文章にしたいのに、文字にすると何か違う。頭の中が、心の内がそのまま文章になればいいのに。


 もう何を書けばいいのかもわからない。明日には先輩は卒業してしまう。その前に何とかこの気持ちを伝えたい。叶わぬ想いだとしても伝えずに終わるのだけはイヤだ。


 そうだ、この方法なら……


 私はシャーペンを握って強い筆圧で「好きです」と書いた。それを消しゴムで消してから、その上に文字を書く。便箋にはうっすらと、目を凝らせばようやく見える程度に私の思いが残っている。


「卒業おめでとうございます。

先輩と過ごした2年間はとても楽しかったです。

卒業してからも頑張ってください」


 先輩はこの隠された想いに気づくだろうか?いや、きっと気づかない。でも、それでいい。それくらいでいいのだ。


 私はいつの間にか浮かんでいた涙を拭って、便箋を丁寧に折りたたんだ。折り目についた涙のシミも私の想いとして受け取ってもらおう。


 心を決めた私は、そっとペンを置いた。

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あなたへの想い 夢崎かの @kojikoji1225

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