私が生きたという記録
容原静
第1話
『誰も其処には来ない』
京都の古書店の、都会を謳歌する若者が決してその境を越えない古書店の、積みに積まれた本の下から3番目に有るような一体どのような目的で出版されたのか定かではない分厚く匂いが染みついた本にその情報は記されてあった。
グーグルアースを筆頭に、この世の中は其処を訪れずともその世界を知ったかのように生きることが許されるようになった。情報が僕たちを誤魔化してくれる。
重箱の隅を突こう。実際は人は何も知れない。
貴方は寝室の部屋の角のシミの色を答えることができますか。私は出来ない。人は案外何も知らない。それが真実。
過去、私がその本の一文を目にしたときとその事実を骨身に染み込ませた今目にする一文の価値は全く違った。
誰も其処に来ない。
コレは現代から拒絶された青い星の物語である。
拒絶されたとは大したいいモノだと思う。
人は制圧を目的としない。
案外世界は棲み分けが出来ている。
だから新しい罪が登場する。
コレは防ぎようのないこと。
『コレは現代から拒絶された青い星の物語である』。
嘲笑が止まらない。その一文。一体何処からやってきた? えらく大きく出たモノだ。いや、そうでもない。モノの分別がついてない。
一体前も後ろも判別がつかない。此処は何処で私は誰か。わからないという混沌に頭を悩ませる。
『誰も其処には来ない』。
『誰も其処には来ない』。
『誰も其処には来ない』。
私だけが其処に居る。
人それぞれが戴いているこの電磁波の波を、察知出来ない貴方の矜持の根拠を、ある日気づいたときに嫉妬する貴方の知性を、大人になったらわかるよと微笑んだ叔父さんに対する憎悪を如何にして処理すればいいか気づくには幾多なる善良にはほど遠い怠惰な生活を送らなければならなかったなんて人の本当の不幸は此処から来るんだなと悟る。
総ての人類の糞尿。その色彩を愛せ。
貴方を愛するとはその眼差しの土台の糞尿の質を見ることに他ならなかった。
汚いが、汚くても、事実からは逃れられない。
(酒を飲み過ぎたらゲロを吐くよ)
好き好んでゲロを浴びる奴の紅潮した顔といったら吐き気が止まらない。実際味わったことのない僕は弱虫。
ちょっとすみません。真昼の平日の車窓から呼びかける。
僕にゲロをはいてくださりませんか?
。。。
案件です。
ピーポくん。後は頼みました。
誰も其処には来ない。
闇と形容するに相応しい森を越えて。
アンタを援護する声に俺はなれない。
誰かを激励するには人は余りにも限定的過ぎる。
越えられない格式に身を痛ませる。
本質的に拒絶してきた肉体の、精神の、全面に押し出した善意は僕の為ではない。僕は僕を、僕という生き物のこの世を生きる立ち位置を確と骨身に染み込ませてこの世を見据えていかなければ可哀想可哀想と精神の霊的な僕がシクシク涙を流すだけの結果に終わります。
社会というこの身の安直な。
軽蔑しあう友ですら、軽薄な愛してると吐くには充分過ぎる。
愛を軽々しく吐くなだと。
ふざけろ。耐え難い。
言葉と意味は必ずしもリンクしない。
自らの軽々しさを呪え。
呪うとは祈ること。
祈りという純粋に美しきモノがその様に悪質な行為に繋がるとは恐怖の念を隠せない。
軽薄な愛を、『愛』を陵辱する輩を退治する強引な純情な志人を。望む。
痛ましさを己に向ける。その様な軽薄な窓口を今すぐに閉鎖しなさい。貴方が向ける世界は、芸術だ。哲学だ。思想だ。それ以外は総て辞めなさい。
神秘的な体験を望む。
果たして神秘的な体験が産まれるのか。
期待と不安が襲う。
深い森の深夜。
私という存在を再認識する暗闇。
かつて古代文明が有ったのか。
謎の階段を登る。
最上階。
日の昇りの為に用意されたその光景。
モーセが神と対話した空間を思い起こさせる。
私は其処で霊を見た。
旧古の英雄。
汗が上半身を垂れる。
大きな仕草で弓を弾く。
放つ。
獣の叫び声。
何かの天啓。
私は後悔する。どうしてその場に居られなかったのか。
地面を撫でる。岩。白い。冷たい。
自分自身を呪う。
その光景を見たくてたまらない。
私が生きたという記録 容原静 @katachi0
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