第5話 この世に手遅れなんてものはないよ

 C.H.K.と診断された人間達は殺人衝動があると言っても常日頃からそれを撒き散らしている訳ではないのだから。


 近しい間柄の人間が居るのは当たり前であるし、誰かと関わって生きているというのはわざわざ特筆することじゃ無いだろう。


 ただ――そんな風にC.H.K.と診断された人々が居るところに不穏な少女を引き連れて、必ず現れる名探偵が居たとして。


 ――それらが全てだとすれば。


 至らない事やつまらない事を偶然と表現する人間は居ないのだから、そんな出来過ぎた事もただの偶然と斬って捨てることも出来るのかもしれない。


 それでも普通の感性を持っていれば、ハルトの言葉を借りなくとも、それは誰だってやばいと思うはずだ。


 「人を殺さずにはいられない人間」の周囲にいつも同じ人間が居る――そんなもの、「人を殺さずにはいられない人間」が居るなんてことを信じるより、とした方が幾らか自然だろう。


『この世に手遅れなんてものはないよ。それは全部ただ手をこまねいてるだけだ」


「……手をこまねくのが経過で手遅れになるのがその結果だろ」


『さあどうだろう、僕なんかは「もう手遅れだから」なんて言い訳して何もしないのが一番愚かな行為だと思うぜ――とは言え、実際手遅れになる前にこないだの返事を聞きたいんだけど、この電話はリスカの話をする為じゃなく、その為の電話なんだろう?』


「ああ」


 もう三年近くも前、とあるツテで他七日リスカは先天的強迫性殺人障害なんていう希少な人々について知ったそうだ。


 とあるツテとは即ち殺人事件の渦中である……あいつに血の繋がり以外の繋がりなんて無いのだから。


 「人を殺さずいられない」――そんな性質はともすれば「人を殺さずには存在られない」自分に似ているのかもしれないと考えた彼女は興味本位、期待半分でC.H.K.という病気について少し調べることにしたのだ。


 最初は通り一遍の知識を得ることしか出来ず、またそれを大して気にも留めていなかったのだが――そんな折、少し風向きが変わった。


 他七日リスカはもう一人、別のC.H.K.に出会ったのだ。


 彼女が誰かと接する時は誰かが死ぬ時だけである――だからその邂逅も一人目同じく殺人事件に密接に関わった形であった。


 その事件も一件目のように、先天的強迫性殺人障害と診断された犯人がその病理により引き起こした事件だったのだ。


 人を殺さずいられない病気の人間だなんて、日本には百足の足の数とどちらが多いかという程にしか存在しないと言うのに


 そこで気付く程聡いだけではなく、それで結論付ける程愚かでもない他七日リスカはその事実に少し眉を顰めるだけだったが――極め付けが「人為掛け軸落書き事件」だった。


 ちょうど、時同じくして、上樵木結愛が正式に先天的強迫性殺人障害であると認定されたのだ。


 そこまで至った時にようやく他七日リスカは調査方針を捜査方針に変えた、漠然と「人を殺さずにはいられない」なんて病気のことを調べるのではなく、もう一度自分の関わってきた事件とC.H.K.の関係性を洗い直すことにしたのだ。


 その捜査は半ば確信しながらも行われたものだったが――果たして、他七日リスカの予想通りであった。


 他七日リスカが人間の数は今日までに七百四十五人だが、彼女が振りまくのは不幸な事態ではなく不穏な事態である。


 当然、概念的な話ではなく実務的にその七百四十五人を殺してきた人間がそれ相応の数いるのだが――その中のおよそ一割に相当する数の人間が先天的強迫性殺人障害を患っていたことが調べた結果分かった。


 それは、他七日リスカのと比べれば少ない数ではあるがそれでもC.H.K.全体から見れば莫大な割合を占める。

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