第3話 七百四十七日と三時間二十四分十七秒だ!

 もちろん、日取甘太(君だかちゃんだか)以外の小説家サークルは上樵木結愛より年長であるし、後天的に露見した彼女より古くから彼らはC.H.K.だとされていたのだが……第一号というのはそういう意味ではない。


 俺も知らなかったが上樵木結愛は公的な場で――司法の場でC.H.K.だと初めて認定されたのだ。


『当たり前だろ! 僕がリスカと離れ離れになってどれだけ経つと思ってるんだ!』


「二年だろう?」


『七百四十七日と三時間二十四分十七秒だ!』


「……あ、そ」


 先天的強迫性殺人障害と認められた、もちろんそれで上樵木結愛の罪が全て許されたわけではない。


 C.H.K.だからといってイコール、心神喪失状態だったと認定されたわけではないし、明確な殺意を持って行われな、なんて部分くらいが差し引きゼロになったくらいらしい。


 殺人衝動と衝動殺人は違う、上樵木結愛は殺人衝動によって計画的な犯行を成し遂げてしまったのだ、と。


 綿密な犯行を立てて犯された殺人はそんなものが差し引かれ、未成年の犯行で、同情の余地があったと言えど、上樵木結愛は今もまだ塀の中か警察署の中である。


 しかしこの話の意義はそんなところにはない。


 意義があるのは、それまで眉唾的な都市伝説レベルの話が公的に認められたというところだ。


 「殺人衝動を生来的に秘めた人間がいる」そんなことが知れ渡ってしまえば諸問題が生じるであろうことは想像に難くないのだからその事実に対しての世間的認知は未だ低いままではあるが――しかし、C.H.K.はその一件に置いて実在するものになってしまったのだ。


 他七日リスカの言を借りるならば「実在しなくともすることになってしまった」、か。


『あっそ、じゃねえよ! 僕がこの七百四十七日どれほど寂しい思いをしていることか! 反抗期にしたってちょっと長すぎないか!?』


「だが、遅すぎるくらいだ。……ああ、そう言えばお前に他七日リスカから一つ伝言があったよ」


 しかし、だ。


 何度も話を戻してしまって俺も人が悪いが――人を殺さずにはいられない、そんな奇病が果たして


 これは当然の疑問だろう、「あることになっている」とは言え誰かにこんな話をすれば皆一様に同じ反応を返す筈だ。


 例えば、日本政府が緊急会見を行い悪魔や妖怪やUMAなど眉唾的な存在を反社会性的生物と一括りにして実在すると発表したとして、それを額面通り全て受け入れる人間がどれほどいるのだろうか。


 最終的には信じたとしても、人間が最初に信じるのは権威ある誰かの言葉などではなく、その辺の誰かに与えられた偏見なのだから。


 その一点については俺にC.H.K.の実在を提示した他七日リスカですら同意した。


 他七日リスカですら人を殺さずにはいられない人間が居る――「」と言っていたのだ。


『え? なんだよ――あ、いやあの話の返事か! そうかリスカの奴ようやく受けてくれる気になったか!』


「いや、『着拒しても番号変えてもなんとか連絡してくるのそろそろやめてくれないとこちらももう成人しましたので、出るとこ出ますよ』だとさ」


 俺だけならばそこで話が終わっていただろう。


 存在するのか? なんて疑問を思い浮かべたところで俺なんかでは疑問は不思議で終わるだけだ。


 ただ、そこは他七日リスカ、俺の如き凡人などとは存在を別にする子女である。


 彼女はそんな疑問が浮かんだ時点で既に一つの回答を得ていた、そしてそれを俺に懇親丁寧に説明してくれたのだ。


 例えばの話であるが、他七日リスカは「会ったが最後必ず死ぬ」なんて言われていたほど、周囲の不穏を運ぶ少女であった。


 その死神性――ハルトの言葉を借りるならば探偵属性はもうなりを潜めたというわけではないが、実のところかなり減衰してきているらしい。


 数字しか信用出来ない人間にも分かりやすいよう言えば他七日リスカが十八歳になるまでの実質十三年間のうちに人間は七百十七人である。


 単純に計算すれば一週間に一人死んでいるということになる。


 しかしこの二年間に限れば他七日リスカの周囲で死んでいるのはあの小説家グループ四人を含めて二十八人しかいないのだ。


 月に一度人死に――殺人事件に巻き込まれるというのはそれはやはり尋常ならざる事態なのだろうが、それでも他七日リスカが他七日リスカであるという事実を差し引けば彼女も丸くなったと言えるのではないだろうか。


 二十八人も殺しておいてなお、マシになった――だなんて、他七日リスカはそんなことが言える程には夥しい数の人間を殺してきた存在だ。

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